1.08.2013

『コンバ』、著者はこの人


イラストはこの人、原田淳子。
http://www.geocities.jp/harada_kikaku/

(写真:タケウチミホ


装幀は『だけど、誰がディジーのトランペットをひん曲げたんだ?』に引き続いてこの人、Saori@wsra 。
https://twitter.com/wsra


1.05.2013

原発推進派に“ショック”を与える発言集

■新しい年を迎えたので、最初の話題はこの、希望に満ちたものにしようと思う。

昨年末、世界中の原発推進派に“ショック”(←ベルギーのTV報道での表現)を与えたのが、ベルギー原子力安全局長のウィリー・ドゥ・ルーヴァラー(Willy De Roovere)が退任を前にして語った発言だった。原発安全の責任者自らが、「私は別のエネルギー形態を選ぶ」と発言したのだ。

下に訳出した、その発言を機に書かれた『ル・モンド』の記事は、福島第一の事故以降、ベルギー、スイスやフランスの原発推進の“強硬派”だった人々ですら、それまでの意見を改め始めていることを報じたものだ。記事内の彼らの表現が、それぞれの国の原子力ムラ内部の圧力、バイアスで割り引かれていることを想像するなら、彼らの心境はもはや、“原発ダメ。ゼッタイ。”モードに入っているかもしれない。

科学は、当然ながら、ユニヴァーサルだ。先の総選挙の結果を、脱原発に向かう流れの否定として理解したい人も多少はいるのだろう。だとしたら、そんな人の中で、識者たちが勇気を振り絞って(←おそらく)行ったこれらの発言の重大性、その価値を否定できる人がいるだろうか? 


《懐疑の時代に入った原子力》

2012年12月28日付け『ル・モンド』。(太字はオレ)

1979年のスリー・マイル・アイランドや、1986年のチェルノブイリの事故のあとでさえ、ここまでの発言はなかった。原子力の守護者たち(中でも最も熱烈な部類の人たちまでも)が、彼ら自身が長きに渡って目を閉じたまま擁護してきたエネルギーの“素晴らしさ(エクセレンス)” を疑い始めるのに、2011年03月11日、福島の原子力発電所の大惨事まで待たなくてはならなかったということなのだ。

一番最近、それについての疑念を表明したのはベルギー原子力安全局長:ウィリー・ドゥ・ルーヴァラーだ。「私たちは、原子力のリスクを、この期に及んでなお許容できるのかどうか、疑ってかからなくてはなりません。心の底から正直に申し上げますが、私がそのリスクを注視するならば、私は別のエネルギー形態を選ぶでしょう……」。彼は、今年一杯での退任に際し、クリスマスの前日にこのように告白した。

これまでの主張から方向転換したのは彼だけではない。ベルギーやドイツと同様に核エネルギーからの脱却の計画を立てたスイスでは、元スイス電気事業者協会の会長であり、名声ある原子力技術者でもあるジャック・ロニョン(Jacques Rognon)教授が、2011年に、もう原子力は信じない、との考えを明らかにした。その理由として、費用がかかり過ぎること、複雑過ぎること、プラント周辺住民との間で“受け入れ問題”が多過ぎることを挙げながら、深層地熱のような他のエネルギー源によって今や既に現実のものとなってきている発電技術の革新を強調した。

今も大きな国民的合意に基づくものとして原子力エネルギーが存在しているフランスでも、原子力の安全性を謳う“教条(ドグマ)”は、もう通用しない。原発技術を開発した張本人である、エコール・ポリテクニック(*)のOBたちもその認識を同じくしている。
「慎重を期したところで、原子力事故は必ず起き得る」――2012年01月、フランス原子力安全局長のアンドレ=クロード・ラコスト(André-Claude Lacoste)は、そう認めていた。
(*訳註:フランスの理工系エリート養成のための高等教育機関。ナポレオンがその学生を自分の支配下に置くために軍の所属とした学校で、現在も国防省が所管する)

彼の同輩のひとり、放射線防護・原子力安全研究所所長のジャック・ルピュサール(Jacques Repussard)は、「福島は、“想像を絶することを想像すること”を強いるものだった」と表現した。

それらは、テクノロジー先進国で起きたカタストロフィーに衝撃を受けた“悔い改め”の言葉なのだろうか? それだけではない。

原子力発電のコストの問題、それもまた、確実性のかなりの部分をぐらつかせている。原発の擁護者たちが、自分たちのエネルギーは二酸化炭素を排出しないクリーンなエネルギーだということを全面に押し出すのはもっともなことだ――地球温暖化がどんどん重大な脅威となっていく現在、それはひとつのキー・ポイントなのだから。しかしながら、それと並んでもう1枚の彼らの“有力なカード”である費用の安さに関する主張は、それこそどんどん切り札としての威力を失ってきている。

安全確保のために、あるいはキロワット時あたりの長期的な価格保証の難しさを補うために、新たに必要とされていく費用について多くの専門家が試算したところ、このまま原発を使い続けるためには、原子力エネルギーから脱却するのと同じだけの高額な費用がかかるという。

(以下、フランス国内の具体的数字や事情に関する部分、中略)

原子力は長い間、“大物”科学者たちによって支えられてきた。ところが、科学理論の中で、反駁を許さない知見などないのだ。他のエネルギーに適用しているのと同じ科学的厳格さと正統的経済学を適用して、原子力が再検討されんことを願う。★★★

12.29.2012

ノー・コメント

■これ、明日の日曜のイヴェントです。
このフライヤーを見るに、怪し過ぎて一切のコメントがはばかられます。ピンとくる人だけ勝手に行って下さい(すべての人に対してオープンです。それだけ記しておきます)。
ぼくはビビりなので、このフライヤーじゃ怖くて行けません。


12.28.2012

金曜官邸前抗議

■今年中にやっておくべきことは、気流舎のZineの原稿を書くことを除けば、あと2つだ。

まず、今年の最後の金曜に、この館の次の主にあいさつに行くこと。

★12.28 大飯原発を停止せよ!首相官邸前抗議
2012年最終!新政権への初抗議!

日時:2012年12月28日(金)18:00~20:00 予定
場所:首相官邸前および永田町・霞が関一帯
(霞ヶ関駅、虎ノ門駅、桜田門駅をご利用ください)
※千代田線・丸ノ内線の国会議事堂前駅は混雑が予想されます。
呼びかけ:首都圏反原発連合
●2013年1月4日(金)は官邸前抗議の呼びかけは行いません。
1月11日(金)の開催になりますのでよろしくお願いいたします。

それから、死ぬまで忘れることのない今年の記録を、この本で、今年のうちに味わっておくこと。


この本に出てくる多くの現場に居合わせた者として、著者:野間易通によるこの冷静な筆致は(無論100%とは言えないだろうが)かなりニュートラルであって信頼が置ける。読んでいて、自分の頭の中の凸凹に見事にスパッとハマる。自分が見ていない場面について知ることができるだけでなく、見ていたつもりになっていたのに、実は見えていなかったことがいろいろ分かる。テレヴィ報道しか見ていなかった人にとっては、なおのことそうだろう。

まあまあ頻繁に反原発運動に参加し、毎日この問題が頭から離れないオレにとって、“余暇”にまでこの問題について書かれた本を読む気になんて、実はなかなかなれない。でも実際に読みながら、この2012年を信頼できるテクストによってきちんと反芻できることのありがたさを感じている。それはつまり、過去の時間軸に滞留したまま日々なしくずし的に忘却へ向かおうとしている得体の知れないネガティヴなもやもやを、冷徹かつ詳細な記録の助けを借りて自分の今に顕在化させ、そいつと向き合うことで(今年の運動の成果うんぬんとは別次元で)自分の過去に決着をつけることができる気がするからだろう。

来年も、そして、そのデカい家の主が変わっても、こっちが変わらず、しつこく、ガンガンいくためには、その作業が必要だ。

2012年の歴史的民衆運動のリポートとして、今後時間が経つほどに貴重な資料になっていくことは間違いない。それと同時に、本書はこの細やかな記録作業に心血を注いだ野間個人の感情と理性の相克も想いながら、読み手としてもカタルシスを得るという体験なのであり、つまり今現在反原発の立場にいるすべての者にとっての“セラピー”としても読まれるものだろう。

来年1月4日(金)は休み。11日から再開。

12.27.2012

選挙にさえ行けば、世の中良くなるって、まさかホントに思ってる?

『コンバ』オルタナティヴ・ライフスタイル・マニュアル、1月のカレンダーの関係で(こんなカレンダーなら、何も慌てず6日までのんびりしよう、ということになり・笑)、オフィシャルな発売日が翌週に延びました。当初の予定通り10日前後から並び始める書店もあると思いますが、そんなカレンダーの関係で流通がどれだけスムースにいくか予測が立たないので、念には念を入れて、15日を正式なストリート・デイトにした、ということです。

みんな選挙までは選挙のことを考えますが、それも終わり、素晴らしい内閣の布陣が発表になったことだし、年が明けたら心機一転、この本を参考に、是非次のことを考えてもらえたら、と思います(フフフ)。

12.23.2012

空白の一ヶ月

■いつもこのブログを読んで下さってるみなさん、どうもありがとうございます。

ブログを一ヶ月も空白にしたことがなかったので、最近、病気か?(twitterではたまにつぶやくんですけどね)、ブログに飽きたのか?、はたまた選挙の結果で落ち込んでいるのか?(まさか)と、いろいろ心配して下さる方からの連絡などもあり、それまた感謝しています。

右のプロフィール欄にも書きましたが、この1年ずーっと作業してきた本『コンバ(Combat)』の追い込みをやっていました。本の原稿を頭からお尻まで何度も集中して読み返す作業の間に、ブログとはいえ、どうも他の原稿を書く気にもなれず・・・こんな空白を作りましたが、あと数日で全て終了なので、また戻ってきます。

てなことで、引き続き、どうぞよろしくお願いします。

11.20.2012

GMO(遺伝子組み換え作物)製品にラベルを貼るアクション


■「私は食べてもいいですよ」、という人が、GMO(遺伝子組み換え作物)を原料に使用した製品を選択して買う分には、まあ、その人の自由だから他人がとやかく言うことではないだろう。

では、「私は食べたくないです!」という人の、食べたくない自由の方だけは、見事に守られないような巧妙な仕組みが出来上がっているとしたら……?

事実、日本ではこんな風になっている。

つまり何かを100g食べたときに、「遺伝子組み換え作物が入ってるのが5g未満なら、知らずに食ってもガタガタ言うな」「ガタガタ言わせねえ」、ということである。実に親切な決まりだ。あなたは、いつ、誰に、そんな5gルールを教えてもらっただろう? 厚生労働省はこんな資料を開示しているが、一見するとどの質問の答えがどこに書いてあるのかすらさっぱり分からない(役人になれるようなエリートの頭脳でないと理解できないように作られている)。


ところで、子供のおやつに明治の〈カール〉や、ヤマザキナビスコ〈リッツ〉や、ロッテの〈パイの実〉やら〈コアラのマーチ〉なんかを与えている親御さんたちは、それらの中に遺伝子組み換え作物が使われていることをちゃんと知っているのだろうか?

(これ↓をクリックでググれる)


食べたくない人の自由を! 
我々に、正当なる、知る権利を!

なんて叫んだどころで、そんなもの、政府は守ってくれない。国民のことなんか守るわけないじゃん。アメリカでもそう。メイカーと国とがつるんでうまい具合に抜け道を作るし、GMO表示のラベルを貼るように規制を作る法整備も一向に進まない(そんな法律を作らせない力が働いている)。ってことで、アメリカのアクティヴィストたちは、自分たちでヤバそうな商品にラベルを貼って消費者に注意を促することにした。そして、世界にその運動を広げようとしている。


Grassroots: After GMO Labeling Shot Down, Citizens Start Labeling Themselves







Facebook : 〈Label It Yourself〉
https://www.facebook.com/LabelitYourself 


もう世の中、こうでもしないとダメなくらい、事態は深刻になっている。
何が深刻かって、安全性に疑問符が付いている間は、国民の利益のためにそれを使うのを止めさせる、という道理が、この世では通らないことだ。でもって、安全性に〈太字のバツ〉が付くまではカネ儲けしていい(政治屋に献金し、役人の天下り先を用意しさえすれば)というシステムだ。それこそが、政府の言う“正しい”システムだってことだ。原発とまったく同じ構造である。

こんなステッカーを貼って回らなくても、もちろん、遺伝子組み換え食品 の情報がもっともっと大量に出回るようになって、食品メイカーがひとりでに“あたふた”するようになるのが、問題解決の近道だろう。

もう一度書くけど、この件も原発と一緒で、政治屋も役人も、国民のことなんかナンも守ってくれないからね。身を守るのは、結局、知識しかない。その知識って、自分から努力して、探して、取りに行かないと手に入らないんだよね。
ああ、この“美しい国”で、税金払って、ヘンなもの食わない自由すら、手に入らないとはね。

11.12.2012

ニンニク入れますか?

■はい、野菜増し、ニンニクでお願いします。

昨日は雨中の4時間、官邸〜国会〜各省庁前抗議のあと、ずぶ濡れになったオレたちは、新宿に出て、胃袋を濡らしながら表面を乾かしたのだったが(あんましうまい表現じゃねえか)、そこでたらふく飲み食いした帰り際にラーメン二郎の話になった。歌舞伎二郎のすぐ近くで。

当然そこで食うわけはないのだが、何故、満腹時にも二郎の話が定期的に出るのだろう? みんな好きだよね。と、思ったら、ドラム・ブロックの仲間に二郎の三田本店の近くで育ち、店の歴史詳細も知っていて40過ぎの現在まで食い続けている筋金入りまでいた。“本店詣で”も、圧倒的新人賞の神保町店にもまだ行ったことのないオレは、好きは好きだけど、ジロリアンを名乗るほどではない。

昨日届いていた《ナチュラル・ソサイエティー》のニューズレターを今朝開けたら、トップ記事がニンニクだった。


健康オタクじゃないオレでもこのサイトは参考にしていて、特に食べものの効能の記事をときどき読んでいるが、トウガラシとか、くるみとかピスタチオとか、自分の好物が強烈に“褒められて”たりすると、即、DEVONthink にクリップしてしまう。

で、今朝起き抜けにこの記事を見たら、月曜朝から口の中が一気にニンニクになった(それも生、みじん切りの)。二郎は近くにはないが、蓮爾(はすみ)のさんこま店ならある。このところ、オレは軽い“中毒”で、週一で通っているし(つまり、むしろハスミスト。蓮實先生信奉者みたいだな)・・・二郎好きで蓮爾未体験の仲間に、昨夜も推奨したのだった。このカテゴリー愛好家の常套句〈これはもはやラーメンという食べものではなく~〉が当然あてはまるどころか、それを通り越したところにある強烈な食体験と言う以外ない(そもそもがそれほど大食いじゃないオレにとっては)。だから、食事でありリクリエイションでもあるだけでなく、ニンニク・コールによってこの記事のような効能も“期待できる”のであれば、いいことずくめではないか? 食い過ぎると成人病のリスクがあることをのぞけば・笑(登戸にもあります。興味ある方は〈蓮爾〉でググられたし)。

《ナチュラル・ソサイエティー》は、オレ的には英語の勉強にもいい。基本的なテクスチャーに気取ったところもないし、言葉も平易だし、なのにヴォキャブラリー豊富なので。世界中のエコロジストやグリーン・アナキスト連中も、結構ここ見てる。あと、大麻の有用性に関する記事も多いし、極めて真っ当なことを書いていると思う。益戸育江をいじめてよろこんでる高級ジャーナリストとかテレヴィ・ショウのスタッフに、厚生労働省の役人にも、ここのニューズレターの購読を薦めます。

で、実のところ蓮爾は行ったばっかだし・・・今日は何でニンニク摂取しようかな?

11.10.2012

11.11反原発1000000人大占拠


■予定されていた日比谷公園集合/出発のデモは、東京都が公園の使用を認めず中止となった。

木曜日のTBSラジオDIGで、高千穂大学の五野井郁夫さん(『「デモ」とは何か〜変貌する民主主義』NHKブックス)と、首都圏反原発連合の原田裕史さんが、ことの経緯と問題点を話されていたのを聴いていたが、やはり都側の対応は解せない。

デモで東電本店前を通るには、(子供からお年寄りまでが参加するデモで通常歩く総距離から考えると、)その出発地点となり得る公園は、そう、ないのだ。その中で東電本店から徒歩7〜8分ほどの距離にある日比谷公園が最高のロケイションであることは間違いない。つまり、大規模な反原発デモの集合地/出発地点として、東京都はその日比谷公園の使用を許可しなかったのだ(当然だが、許可するのが原則だ)。

この問題は今後の大きな問題となっていくわけだが(問題の数は増える一方で、一向に減らないというのは、はて、どういうことなのか?)・・・それはそれとして、明日の予定。




11.08.2012

大麻で気晴らし、していい

先日のエントリーでアムステルダム市の話(や、プラハの噂)をしたけど、11/06(火)には、アメリカのコロラド州、ワシントン州の2州が、住民投票により、アメリカ合衆国で初の〈大麻をレクリエイション(=気晴らし、娯楽)のために使用してよい〉州となった。

(11/07『ル・モンド』)


アメリカでは多くの州で〈医療目的の大麻使用〉が許可されてきたが、嗜好品としても使っていいこともようやく認められたことになる。

先日、〈大麻を規制すること自体が基本的にナンセンスだという考え方はほぼ欧州全体に(政治的に!)大なり小なり浸透している。〉と書いた矢先、その傾向は合衆国でも形になって現れ始めたわけだ。

社民も共産も、当然(というか、どこより先に)“みどり”も、この傾向に続けば票が大量にもらえる予測は立ってるはずなのに、なんで言わないんだろうね。
そりゃ、ひどく濫用すれば危険性はあるだろうさ。だけど、酒、煙草、ギャンブルなんかの嗜好品や娯楽と同じ種の自己責任を求めることを条件に一定の寛容さを示す、という政治的対応が必要なものなんですよ、大麻は。そういうこと、頭では分かってるんでしょうに。


ところで、上の報道の写真、『朝日新聞』から拝借しようと思ったんだけど、

14 時間前 - 【ロサンゼルス=藤えりか】コロラド州とワシントン州で、嗜好(しこう)品としての大麻 合法化の是非を問う住民投票があり、賛成多数で可決された。医療目的での使用は複数の州で認められているが、嗜好品では初。
このページに 4 回アクセスしています。前回のアクセス: 12/11/08

今朝から何度アクセスしても、一切このペイジがロードできないのよ。
み~んな見てんのかね・笑。

追記・おー、やっと繋がった。でも(きっと敢えて)写真使わないんだね。メディアとしてつまんないぜ、そういうの。


朝日新聞デジタル>国際>北米>記事    
2012年11月7日18時44分

大麻合法化、嗜好品で初 米コロラド州・ワシントン州


【ロサンゼルス=藤えりか】コロラド州とワシントン州で、嗜好(しこう)品としての大麻合法化の是非を問う住民投票があり、賛成多数で可決された。医療目的での使用は複数の州で認められているが、嗜好品では初。ただ、州法に優先する米連邦法は大麻をすべて禁じており、連邦レベルでは引き続き取り締まりの対象だ。
 両州ともそれぞれ州法では1オンス(約28グラム)の大麻について、21歳以上なら所持または使用が認められる。大麻取引は課税対象となるため、地元の自治体財政は潤う見通しだ。これまで不法取引に暗躍してきたメキシコの麻薬組織への打撃にもなるとの見方もある。米メディアによると、ヒッケンルーパー・コロラド州知事や地元の観光当局などは「イメージを損なう」と反対していた。

11.05.2012

I♥アムステルダム

■オランダの〈レジデント〉ではない人に対してはコーヒー・ショップへの入店を規制する、という法律が発効することになり、ここ1~2年、世界中の“みんな”をやきもきさせてきた例の一件だが、アムステルダムのエバハートファン・デル・ラーン(Eberhard van der Laan)市長は〈アムステルダム市内のコーヒー・ショップには、これまで通り観光客も入店できる〉と表明した。

これは、法律で定めた〈レジデント〉の基準について、その判断を事実上各自治体に委ねていることによる。ってことで、アムステルダム市は、外国人旅行客であっても、その街にとどまっている間は〈レジデント〉だよ、という判断をしたのだ。


『ル・モンド』紙 11月01日付け


実際に、コーヒー・ショップから観光客を締め出したら路上で不法にマリファナをディールする奴が100%出てくるし、自分でコーヒー・ショップから買ってきては、道端で外国人に法外な値段で売りつけて儲けるオランダ人が出てくるに決まってる。そこには大切な観光客を危険にさらすケイスも出てくるだろうし、要は、こんな法律は市にとって悪法なんだ、ってことを市長が宣言したに等しい。

オレはアムステルダムが大好きだ。あの街の雰囲気が、あの寛容さがたまらなく好きだ。コーヒー・ショップでのんびりくつろいだその足で、夏の夕暮れの河口の島を散歩して、夕陽が23時半くらいまでゆっくり時間をかけて沈んでいくあの時間の流れを感じながらカフェでビールを飲んでるのが好きだ。

そういう時間の使い方は人間をダメにする(ダメ。ゼッタイ。)と思い込んでいる人がこの国にはまだたくさんいるみたいだけど、そういう考え方こそが、本質的な意味で、人間をダメにする近道だと思うけどね。

ロンドンのコーヒー・ショップ計画は途中でポシャってしまったし、フランスでも自由化の法律はできてないけど、大麻を規制すること自体が基本的にナンセンスだという考え方はほぼ欧州全体に(政治的に!)大なり小なり浸透している。チェコでは個人で大麻を5株までだったら栽培していいし、栽培が面倒な人は、ジョイント換算で20本分の大麻を所持していいという法律が通った。まだ行ったことないから伝聞だけど、プラハではコーヒー・ショップがどんどんできて賑わい始めてるらしい。オランダでも個人所持は5g、ベルギーは確か3gとかなので、チェコは強烈に緩い。アムスからプラハまでのんびり旅する、なんていうのもいいよね。

日本社会が“脱法ハーブ”なんていうおかしなブツに翻弄されるのは何故か? 政治屋はよく考えてみやがれ。バカじゃないの?

『BBC NEWS』でも見つけた。


10.31.2012

脱原発のきざし

■このままいくと、イギリスでは2018年に再生可能エネルギーが原発産の電力を追い越す計算らしい。脱原発への転換はないと思われていた英国でも、あと5~6年したらこうなる、という試算。
昨日(10.30付けの『ザ・ガーディアン』)


イギリスでは、これまで保守系議員が風力発電に対して冷淡な態度を散々取り続けてきたにも関わらず、かつ、大蔵大臣が風力発電に対する将来的な国としての助成を疑問視したのにも関わらず、風力発電産業は成長を続けている。で、それによってこれまで反対の姿勢を取り続けてきた新エネルギー大臣も考えを改めている。

ただし、特に外国の《GE》とか《三菱》など風力発電タービンのメイカーは、英国政府が将来的にその事業をどのくらいサポートするか(=自分たちが英国に進出する旨味があるか?)を判断しかねているので、この表題の試算通りに行くかどうか、鍵はそこらしい。

でもこの記事によると、英国で風力発電を疑問視している勢力(つまり保守党は未だにいろいろ割れている)のうちの一定の議員ですら、彼の国の将来のエネルギーの主力を担うのはガスだろうと考えているようで、結局、本当に、国として脱原発路線に舵を切っていくのかもしれない。

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特に沖合の風力発電は、四方を海に囲まれた日本でも相当イケるんじゃないか? イギリスとは事情が違う、***とは事情が違う、とすぐに言い出すのがこの国の推進派の論法だけど、じゃあ風でどれだけ見込めて、地熱でどれだけ見込めて、このまま行けばいつ原発を追い抜く、という展望をちゃんと示せばいいんだよね。推進派は、当然それを嫌う。はっきりこんなイギリスみたいな展望が示されると、どんどんそこに投資されて再生可能エネルギー事業が勢いづいちゃうから。日本の技術に潤沢な資金が集まって本気で開発したら、実は簡単に原発が不要なことが露呈しちゃうからだろうね。

少なくとも、世の中の考え方はこういった方向へ向かってる、ということは言える。なのに、あれだけの事故を起こした国が他の国に原発を売って儲けたいとは何事なのよ。それが、世界で初めて人工放射線の被曝をこうむった首都である東京から世界に発信するメッセージだとはね。特に自民党やら石原新党の支持者は、こういうニュースを読んでどう思うのかね。