4.09.2010
アデュー、ムッシュ・マルコム・M.
■夕刊で、マルコム・マクラーレンの死を知った。
オレは物心ついたときからセックス・ピストルズが嫌いだった。オレはパンク・ロックに対してある種の潔癖症なのだ・・・若い頃は感覚的に(軟派なものを忌み)、今は政治的に(意味のないものを忌む)・・・。クラッシュの『サンディニスタ』に衝撃を受けて以降――最初からインチキ臭かったセックス・ピストルズだったが――その雑音が、いよいよリカちゃんがホットケーキを焼くおもちゃのままごとになった。あの最低さが最高だという言説の意味は、頭では分かったが、あの最低さをそれ以上のものとして暖かく評価する無駄な心の広さがオレには決定的に欠けていた。若さの貧困的側面だ。
今日、マクラーレンの死について一気に報道が流れ、〈彼がいなかったら、パンクは生まれなかったかもしれない〉だの、〈“アナーキー”という言葉を世界一カッコよく世の中に広めた男〉だの、ジャーナリストや評論家がチャラチャラした文句で原稿料を稼いでいるみたいだが、超一流のペテン師を送る言葉として、三流の偽善・妄言は失礼なんじゃないか?
マルコム・マクラーレンの魅力は、ただただその真摯なペテン振りであり、その堂に入った奥深さに目を奪われているうちに、ペテンが真実になって本物より美しく見える事故も起きた。三文役者集団のセックス・ピストルズが時代の寵児になったのは、それが、連中の生みの親マクラーレンによる、オールド・スクールなロックン・ロールに対抗する真剣に出鱈目なアートだったからだと思う。
トリックスターのトリックスターたるゆえんは、ペテンの核に、目をみはるインパクトとクリエイションとリアリティーがあることだ。マクラーレンは80年代に自分名義の音楽作品でヒップホップを真剣に茶化し、しかしその“インパクトとクリエイションとリアリティー”が時間のフィルターで濾された末に残った輝ける核の部分が、今日ヒップホップの古典として満場一致の評価を受けている。要するにピストルズが受けているのと同じ評価をヒップホップ界でも博したわけであって、これがマクラーレンの天才だ。
90年代に入ってロンドンからアシッド・ジャズ・ムーヴメントが世界を席巻すると、今度は真剣にジャズを茶化す。しかし、長きに渡ってDJ連中が育ててきたレア・グルーヴ~アシッド・ジャズ畑が、当時派手な収穫期に入って沸き立っていたロンドン・シーンの後塵を拝することもなく、ならばニュー・ヨークに乗り込むでもなく、パリをそのネタにしたのがマクラーレンのセンス。
それが94年にリリースされたパリとジャズへのオマージュ・アルバム『Paris』で、本人はエリック・サティーの、アート・ブレイキーの、セルジュ・ゲンズブールのパリに対する憧れを作品化したとCDの裏ジャケにメモしていたが、欧州や日本では猫も杓子も“新型ジャズ”を標榜する中で、トリックスターの真打ちも満を持して今度はジャズだとのたまい、当時他界して間もなかったゲンズブールもダシにして、えせドアノー風のモノクロのセルフ・ポートレイトをブックレットにちりばめ、カトゥリーヌ・ドゥヌーヴに、フランソワーズ・アルディーに・・・とにかく、この世界中の非フランス人のパリ・コンプレックスを煽るベタベタな打ち出し方がインチキ臭いことこの上なかった。そのドゥヌーヴをフィーチャーした「Paris Paris」のシングル・ヒットでこのアルバムはまんまと世界中で話題になったが、あんな陶酔境のようなパリは実際にはどこにも存在しない。世界中のみんなが見事にマルコムのインチキなパリにやられた。
オレはこのアルバムが出た94年の、ちょうどその直後にパリに引っ越したので、この作品が個人的にとても思い出深い。それまで東京で“レゲエ屋”だった男がレコード屋を退職してパリに行く理由が、当時なかなか周囲に理解してもらえなかった。そもそもオマエのようなストリート・ミュージック系の音楽屋が、ロンドン、ニュー・ヨーク、キングストンではなくて、なんでパリなんだと。・・・いや、でもパリは世界に名だたるレゲエ・シティーなんですよ――独自のヒップホップ文化も充実しているし、ブラック・アフリカやアラブの音楽もパリでどんどん洗練されてるし、もちろん欧州のジャズの首都でもあるし、音楽的に聴くものだらけなんですよと、多くの人に説明したり、雑誌なんかにいろいろ書いても彼らの先入観を覆す効果はほとんどなかったようだ。とある大手レコード会社の優秀なA&Rマンはその後何年間も、オレが行ったのは〈Paris〉ではなくて〈Bali〉だと思っていたくらいだ。まだ、レゲエには海と太陽が不可欠だと思われていた石器時代の話だ。
で、そんな連中もみんなマクラーレンのこのアルバムを聴いて、オシャレだとか洒脱だとか、さすがスタイリストは違うな、とか納得しながらウットリしていた。
だけど、オレはこのアルバムの1曲目がレゲエであることに誰も注目していないのが不思議でならなかった。〈古き佳きジャジーなパリ〉をテーマにしたはずのアルバムが、なんでレゲエから始まり、わざわざ曲のクレジットに〈African Chorus〉と強調したり、他の曲ではアフリカ人のストリート・スタイルのラップも、アラブのメロディーも入っているというのに、このアルバムのそういう側面には(いくつか日本語のレヴューを読んだが)ほとんど留意されていないようだった。
マクラーレンは、ノスタルジーとファンテジー渦巻くインチキ(非リアル)な“魅惑のパリ”で世界中の耳目を集め、その中に、彼の目に映るリアルなパリを忍び込ませた。もちろん戦後のパリにも、当時のサン=ジェルマン=デ=プレ文化、ジャズやボリス・ヴィアンにも、その弟子のゲンズブールにも憧れを抱いていたことは間違いないし、そのイメージを音的に表現したことは事実だろうが、彼が一番この作品でやりたかったことは、ジャズ・ブームを手玉にとり、世界の多くの人がいまだにパリのイメージをアップデイトしていないことの鈍感さを揶揄しながらリアルなパリの街角の感触を表現することだったはずだ。彼は過去のパリも好みつつ、でも、現在のパリの姿をより一層好んだからこそ、こういうシニカルなアルバム作りをしたはずだ。そしてその現在のパリを音で表現すると、それはレゲエであり、ラップであり、アフリカ人の声であり、マグレブのメロディーなのだ。
オレは、だからこの出たばかりのアルバムをパリで、胸のすくような思いで繰り返し聴いていた。レゲエ屋が東京の会社勤めを辞めてパリに住んじゃったけど、そんなオレのセンスって結構イケてんじゃん、という確信を持たせてくれたのがマルコム・マクラーレンなのだ。その意味で、この人もちょっとだけオレの恩人である。そして、純粋で真剣なインチキは、その存在自体でおのずと本物を相対化して可視化させるから、つまりマクラーレンは反面教師なんかじゃなくて、クソったれにかっこいいインチキズムの巨匠としてクールだったんだ。弔いに1曲聴こうよ。ほな、さいなら、マクラーレンはん。
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musique,
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4.07.2010
マニュ・チャオ通信(#15)Radiochango JP Manu Chao 特別講座
■来週土曜(04/17)、こんなクールな講座に招かれました。・・・パンクやら、レゲエやら、アルテルモンディアリスム(オルター・グローバリズム)やら、いろんな方向から攻めながら、この、今、地球上でも最も熱狂的に愛されているミュージシャンの1人(つーか、おそらくナンバー・ワンじゃない?)であるマニュ(マヌ)・チャオについて話をしたいと思っています。
@ Café★Lavandería
http://cafelavanderia.blogspot.com/
オーガナイズ:Radiochango. jp
http://radiochango.jp/
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4/1、宮下公園のナイキによる工事着工を100名の仲間で阻止!今後ともすべての仲間の力で阻止し続けよう!
■《Circle A》サイトより、4月5日までの状況報告。
http://makhno.sanpal.co.jp/CircleA/?q=node/82
4/1、宮下公園のナイキによる工事着工を100名の仲間で阻止!今後ともすべての仲間の力で阻止し続けよう!
宮下公園のナイキ化工事についにゴーサインが出され、工事着工予定日の4月1日を迎えた。3月10日の渋谷区議会都市環境委員会において、公園課が4月1日から10月末まで工事を行い、11月初め宮下ナイキパークオープン予定との日程を報告。3月16日、公園課長は作業員とともに原宿区画のフェンス完全封鎖を強行しようとしたが、約60名の仲間の実力で撃退、3月中は各地の野宿の仲間や宮下ナイキ化に反対するアーティストたちなどとともにテントなどで占拠し、工事を阻止した。3月24日の工事説明会では肝心のナイキ関係者は出席せず(警察からの入れ知恵とのこと)、公園課と工事を請け負った東急建設が説明し、仲間の怒りの声を浴びる。
工事着工前日、3月31日、昼に渋谷区議会抗議情宣、傍聴行動を闘った。この日の本会議で工事のために、「宮下公園運動施設管理条例」、「渋谷区立都市公園条例の一部を改正する条例」の採決がある。この2つの条例が可決された直後、傍聴席で横断幕を広げ、抗議の声を区長桑原と賛成議員に叩きつける。夜のデモでは190名の仲間が結集し、渋谷の街に「宮下ナイキ化工事反対」の声をとどろかせた。特に原宿のあたらしくできたナイキショップ前では音楽隊が抗議のサウンドを叩きつけた。その後、この間「占拠」し続けている宮下の原宿側に集まり、打ち合わせの後、皆でテントに泊まり込む。この日は世界同時行動、フランス・パリでナイキへ、オーストラリア・シドニーで日本領事館へ、タイ・バンコクで日本大使館へ抗議の声を届けた。
そして4月1日、朝から監視態勢に入り延べ100名の仲間が結集、公園課も東急建設も姿を現すことができなかった。宮下中央階段の通りの向こうにある東急建設本社に対して抗議のシュプレヒコールを叩きつける。その後、これまで野宿の仲間を追い出してきた東急グループの頂点である東急電鉄本社前でストライキを闘った労働組合の仲間と合流。
公園課は原宿側のテントの仲間を強引に遊歩道の代替地に移転させ、「ホームレスの問題は解決した」とうそぶくが、だからといって工事着工を許していいという話にはならない。年度初めから5月連休にかけて仕事が全くなくなり、多くの不安定雇用労働者が野宿を余儀なくされ、仲間の寝場所をこれ以上奪われてはならない。現在(4/5)まで工事を阻止し続けているが、4月中に何らかの動きを見せる可能性はあり、またまだ予断は許さない。闘いは始まったばかりだ。毎日のように宮下公園現地で朝7時半から監視態勢に入っている。渋谷区=ナイキ=東急建設に抗議の声を!すべての仲間の力でナイキ化工事を阻止しよう!
工事着工前日、3月31日、昼に渋谷区議会抗議情宣、傍聴行動を闘った。この日の本会議で工事のために、「宮下公園運動施設管理条例」、「渋谷区立都市公園条例の一部を改正する条例」の採決がある。この2つの条例が可決された直後、傍聴席で横断幕を広げ、抗議の声を区長桑原と賛成議員に叩きつける。夜のデモでは190名の仲間が結集し、渋谷の街に「宮下ナイキ化工事反対」の声をとどろかせた。特に原宿のあたらしくできたナイキショップ前では音楽隊が抗議のサウンドを叩きつけた。その後、この間「占拠」し続けている宮下の原宿側に集まり、打ち合わせの後、皆でテントに泊まり込む。この日は世界同時行動、フランス・パリでナイキへ、オーストラリア・シドニーで日本領事館へ、タイ・バンコクで日本大使館へ抗議の声を届けた。
そして4月1日、朝から監視態勢に入り延べ100名の仲間が結集、公園課も東急建設も姿を現すことができなかった。宮下中央階段の通りの向こうにある東急建設本社に対して抗議のシュプレヒコールを叩きつける。その後、これまで野宿の仲間を追い出してきた東急グループの頂点である東急電鉄本社前でストライキを闘った労働組合の仲間と合流。
公園課は原宿側のテントの仲間を強引に遊歩道の代替地に移転させ、「ホームレスの問題は解決した」とうそぶくが、だからといって工事着工を許していいという話にはならない。年度初めから5月連休にかけて仕事が全くなくなり、多くの不安定雇用労働者が野宿を余儀なくされ、仲間の寝場所をこれ以上奪われてはならない。現在(4/5)まで工事を阻止し続けているが、4月中に何らかの動きを見せる可能性はあり、またまだ予断は許さない。闘いは始まったばかりだ。毎日のように宮下公園現地で朝7時半から監視態勢に入っている。渋谷区=ナイキ=東急建設に抗議の声を!すべての仲間の力でナイキ化工事を阻止しよう!
○ナイキジャパン
社長 ジェームズ・ゴッドバウト
電話 0120-500-719
FAX 03-5463-3295
社長 ジェームズ・ゴッドバウト
電話 0120-500-719
FAX 03-5463-3295
○東急建設
社長 飯塚 恒生
〒150-8340 東京都渋谷区渋谷1-16-14 渋谷地下鉄ビル
電話 03-5466-5020
FAX 03-3486-8340
メール webmaster@tokyu-cnst.co.jp
社長 飯塚 恒生
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みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会
TEL 080-3127-0639
Mail miyashita@riseup.net
ブログ http://minnanokouenn.blogspot.com
(追記)本日4月7日も、工事を着工させていません。TEL 080-3127-0639
Mail miyashita@riseup.net
ブログ http://minnanokouenn.blogspot.com
4.05.2010
公園のあな/Hole in the Park
■3月28日に行なわれた「葬式パレード」後の宮下公園の光景。
オレが思うに、渋谷区はナイキと結託して宮下公園にこっそり民主主義を埋葬しようとした。もっとハッキリ言えば、市民の自由と、カネづるにならないやつらと、家のないやつらと、しかし意見は持ってる“うるさい”やつらを、ナイキのネイム・ヴァリューを利用して排斥しようとしたのだ。自分たちが望む人間だけに来てもらいたいという、モロ、やつらのための“宮下ナイキパーク”を、世間がその露骨さに注目する前に、ササッと素早く造っちまおうとしているのだ。
ナイキは、この暴挙のせいでその企業イメイジを損なうことを多少なりとも危惧したはずだ。でも、連中は、一部の“おかしな分からず屋”の反対意見など、世の中の大多数の人には届くまい・・・ちょっとくらい届いたとしても、そんな妙な連中の声など、“良識ある”一般大衆は真に受けないだろう・・・とタカをくくっている。
つまり、みなさんがナイキにベロベロになめられているのだ。
感じてみて欲しい。今、あなたの体のどこかを、ナイキ・ジャパンにベロベロに舐められているところを。
このヴィデオでは、誰もがその名を知っている渋谷区とナイキに先んじて、名もない市民たちが宮下公園に何を埋葬したのか、想像しながら観て欲しい。
A.I.R. Miyashita Park 宮下公園アーティスト・イン・レジデンス
宮下公園、つぶやく!
みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会
4.03.2010
今日、あなたが楽しく花見をしている公園は、いつまで今の公園のままでいられるのだろう?
【民主主義よ開かれ NO NIKE/2010.3.31 】
■桜が満開だとか、花見の情報もいいけど、それに割く時間の1割でも、宮下ナイキ問題をテレヴィ・ショウで報じてくれないものかな。花は来年も咲くからいいが・・・。
A.I.R. Miyashita Park 宮下公園アーティスト・イン・レジデンス
宮下公園、つぶやく!
みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会
4.02.2010
汚れたモラルの排泄
■この動詞《EXPULSE》は、“(宮下公園から一般市民を)追い出す”という意味と、“ナイキが日本で(汚いものを)排泄している”という意味をひっかけているのだろう。
このフランス NO-VOX / DAL の共同声明では《東京で非常に貴重な公共の緑のスペースが、いち私企業のものになってしまうことは言語道断のスキャンダルである。渋谷区がナイキのような企業に宮下公園を売ることは、市民の生活のための空間を企業の利潤のための場所にしてしまうことであり、そこで生きる人たちの権利を剥奪することである》と、渋谷区とナイキの両者を断罪している。
4.01.2010
3.31.2010
葬式の出し方と、山手線の乗り方
■今売れてる興味深い本・・・『葬式は、要らない』(島田裕巳著/ 幻冬舎新書)のBOOKデータベースによる内容説明:
【日本人の葬儀費用は平均231万円。これはイギリスの12万円、韓国の37万円と比較して格段に高い。浪費の国アメリカでさえ44万円だ。実際、欧米の映画等で見る葬式はシンプルで、金をかけているように見えない。対して我が国といえば巨大な祭壇、生花そして高額の戒名だが、いつからかくも豪華になったのか。(中略)葬式に金をかけられない時代の画期的な1冊。】
この金額からするに、日本では、人の死もビジネスってことだな。何でもカネだ。カネを払うことと供養することは全く性質の違う行為のはずだが、悲しみに呆然としている遺族を神妙な面持ちで丸め込んで、“死肉を骨ごとむさぼり食う(小学館『大辞泉』)”ハイエナがいるんだな。大切な人の死で、大切じゃない連中を肥えさせる理由はないから、そんな葬式はやるまい。
で、先日の日曜の渋谷での葬式の映像がアップされた(YouTube / CMPNCA)。カネがなくてやむなく自殺した人も、他の理由でやむなく自殺した人も、カネにものを言わせて何でも買っちまおうとする企業も(実際のところ、この世には職業にも死にも貴賎はあるってえのに)みんな一緒に弔おうという、実に寛大で、軽やかに荘重なセレモニーだった。
自分でも参列して、なんと素晴らしい、意味のある葬式だろうと思った。おそらくこの式の費用は集合場所の借り賃なんかで、ほんの数千円であろう。みなさんも、今後のご参考まで、ぜひご覧下さい。
もう1本、同じく(YouTube / CMPNCA)から、こちらはカラフルで楽しく実用的な映像を。
東京のJR山手線を、原宿→渋谷方面に(つまり内回り電車に)乗る場合、進行方向の渋谷に向かって左側の窓からの景色を眺めると綺麗ですよ、という爽やか東京案内映像。こういう風に見る桜は、さほど気にならない。
特に1分20秒~25秒あたりに注目されたし。
3.30.2010
Nike Kills...
■昨日見たボブ・ディランの日本ツアー最終公演は、きちんと音のよい場所で聴いたので、実によかった。顔をできるだけ近くでおがみたいというような欲さえかかなければ、きちんとディランらしいいいパフォーマンスを楽しめることが確認できて安心した。本編ラスト「Forever Young」、泣けたね。次回、またどこかでステイジを見る日を楽しみに待てる。
今夜のDOMMUNE〈CRASS STORY アナーコパンクの周辺とその後:出演 行川和彦×成田圭祐 Irregular Rhythm Asylum〉も2時間、酒を飲みながら家でぐだーっと見ていたけど、楽しかった。行川さんがアナルコ・パンクに対して抱いている感情、というか、〈アナーキー〉という概念に対する認識は、どうもぼくのそれとは違うようだったけれども。
明日は長きに渡る宮下公園問題の重要な日だ。
もしも、きみの家の前に感じのよい、近隣住民の憩いの場所になっている公園があるとする。きみの住む市区町村の自治体は金が欲しくて(だけど、なんでそんなに金が要るんだ?)、他方、その公園を“買い”たい企業があり、その両者の思惑が合致して、その公園がいきなり当事者同士の密約によってその企業の商業スペースに変わるとしたらどうだろう?
カネがあるやつは公共の公園だって好きに買えるという暴力的なモデル・ケース(前例)になる。
自分のカネのある・なし、ナイキ製品の好き・嫌いの問題ではない。そういう世の中でいいのか、という問題だ。
以下、その抗議緊急デモ詳細。
以下、その抗議緊急デモ詳細。
アロンジ・アロンゾ!
暴走する「宮下ナイキパーク」計画をSTOPさせよう!
工事着工なんてさせないよ!
3/31緊急デモ
「4月1日から工事を始める」と渋谷区公園課は表明しました。
民主主義的手続きを踏まず、「改修」という大ウソ。
渋谷区とナイキジャパンの行いは、公園の「破壊」、民主主義の「破壊」です。
みんなの力でストップさせましょう。
そして、こんな計画は完全にRESETさせよう!
3月31日、緊急デモを行います。
NIKEショップ、渋谷区役所、渋谷繁華街をデモして
宮下公園前がゴールです。
いままでのMIKEデモと同様、手作りサウンドデモです。
賑やかなデモにしましょう。
みんなの宮下公園をナイキ化計画から守る会
080-3127-0639
3.27.2010
ボブ・ディラン、宮下公園の暴力について歌う!
■この一週間も、ブログに書きたいことがいろいろあったのだが、どうも書く気がしない。〈はなうつ〉・・・進行中。しかし、ファックな渋谷区とファックなナイキによる宮下公園バビロン化計画も進行中。怒りがあれば何でもできる、とはいわないが、デモで歩くことくらいはできる、と思う。
先週、〈はなうつ〉なりに、火曜にお台場とかいう気持ち悪い場所で、ボブ・ディラン来日公演は見た。過去最高の至近距離で(今度の月曜も見る)。木曜にはジェロニモレーベル(ソロ)を見た。愛しき街、下北沢のNever Never Landで。元気がないときは、特に、いいものを見ないといかん。
明日は葬式に出ようと思う。・・・朝、起きてみないと分からんが、怒りと弔いの感情は前向きな元気を凌駕する、はずだ。水曜も。
アロンジ・アロンゾ。
アロンジ・アロンゾ。
ワオー! このディランは最高だ。お台場で見たやつより。
3.20.2010
はなうつ
■この一週間も、ブログに書きたいことがいろいろあったのだが、どうも書く気がしない。の前に、いろんなことにやる気が出ない。また、毎年のアレだ。この国では《花》といえば《桜》のことらしいので、だから、オレは《花鬱》と呼んでいる。
桜の開花宣言だのなんだのという話を新聞やテレヴィで目に耳にし始める頃から、毎年、胸のあたりに“もや”がかかり始め、その裏側の、肩から背中の上半分に常にザワザワとした軽い悪寒が貼り付き、口のまわりに軽い痺れの輪っかがカパッとはまって、その影響で鼻も目も頬骨のあたりも広範囲にわたってダルくなる。ほぼ一日中。
要するに、オレは桜の花がかなり嫌いらしいのだ。正確に言うと、好き嫌いの前に、生理的に拒絶反応が出るので、当然、さくらの現物を見るのも、その花のついた木の下を通るのも、それどころか、その話を聞くのもダメだし、それ讃美の森山なにがしとかコブクロとかの暴力的に胸を圧迫してくる殺人的な歌を耳にするのも極めて危険だ。さいわい視力がよくないので、遠目にピンクの“わた”みたいなぼんやりした塊を見る分にはさほど不快感はないが、花や花びらの形を目を通して知覚するのはもちろん堪え難い。路上に散った奴らを目にしただけでも、歩きながら呼吸することを忘れてしまってしばしば倒れそうになる。
昔から、“花より団子”などという“花”の風情を解さない日本人を揶揄する表現があるが、そういうのを耳にするだけでもかなり深刻なストレスを覚える。オレは日本人じゃなくて全然結構だ、と思う(・・・正確に言うと、どこの“国”の人にもなりたくないんだが、今のところ、税金払ってるんだから、菊紋のついたパスポートだけは持たしてくれ)が、というのも、オレは“花より団子”という常套表現の意味の“肝”の、それ以下の人間らしいからなのだ・・・“花”を見たら、団子すら食う食欲をなくすのだから。つーか、それが咲く前に、開花予想なんつう言葉を聞いただけで、食欲が自然になくなってきて、普通にしているつもりなのに、(毎日体重計に乗っているが)この1週間で2キロ以上体重が減った。
(いつにも増してローカルな話題ですみませんが)今日の昼、千代田区の神保町に古本と古レコードを眺めに行って、正常な生活周期なら今日は〈まんてん〉でコロッケ・シューマイ・カレーを食って攻撃的に腹10分目になりたいタイミングだったのに、悩んだ末にそれをおいしく食べきる自信がなくて、昼食を神保町で次に好きな店〈いもや〉の天丼に変更し、それをいつものように静かな興奮のうちに食べきったのだが、あの安定した一品を食べても、オレの味覚はいつもよりもあの人懐こい滋味を楽しく感じられなかったのだ。
・・・食に対してオレと同種の感覚を持っている読者ならば、その表現だけで、オレがどんなに、もう既に弱っているかが分かってもらえるんじゃないだろうか・・・・。
今日、何かポジティヴな気分になったとしたら、朝日新聞の夕刊で、この↓記事を読んだ瞬間だ。ただ、最後の〈権力を分散させる〉という表現にはひっかかる。オレはそもそも〈権力〉という単語自体で背中の上半分に寒気がするようになっちゃったので、それが集中しようと分散しようと、雨で散って黒いアスファルトに貼りついて情けなく汚れていようと、そこにそいつがあるだけで、呼吸が苦しいのだ。・・・その部分以外の線を引いた箇所は、だいたい、我が意を得たり、な発言なのだが。
“花”が散って、花びらを全部清掃局が焼き場に持っていったら、〈まんてん〉でコロッケ・シューマイ・カレーを食おう。コロッケ・ウィンナーでもいいなー。
“花”が散って、花びらを全部清掃局が焼き場に持っていったら、〈まんてん〉でコロッケ・シューマイ・カレーを食おう。コロッケ・ウィンナーでもいいなー。
ラベル:
resistance,
季節
3.13.2010
では、のちほど
■快晴。抵抗日和。アロンジ・アロンゾ。
Freedom Against Safety & Security
Anti Public Welfare Action
不穏で不安な「東京都安全・安心まちづくり条例」に反対するプロジェクト
ラベル:
Babylon,
demonstration,
resistance
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