3.12.2010

村に戻る気はねぇんだ


■今年に入ってからドップリと聴き込んでいるバンドがある。その名をジェロニモレーベルという。レーベルと名乗るがバンドであり、というか、ヒデヨヴィッチ上杉(歌・ギター)が不固定ドラマー“誰かドラムを叩く人”と2人でやってる、関西拠点の恐ろしくカッコいいロックン・ロール・ユニットだ。今売っている『ミュージック・マガジン』3月号でも、「りあるインディ盤紹介〜Do It Yourself !」で行川和彦さんが約30行に渡ってこの1月に出たスタジオ録音のセカンド・フル・アルバム『村に戻る気はねぇんだ』を紹介して絶賛し、“感動した”と書いている。

音楽芸術は第一に娯楽であって、娯楽には嘘があって構わない。《三つの真実にまさる、一つのきれいな嘘を》というくらいだ――開高健はこれを“芸術の核心をついた言葉”として座右の銘の一つとした。でも、これを一つのきれいな嘘が肯定されるための条件を示した言葉として胸に止めるなら、アーティストにとっては相当に厳しい言葉である。
と思って日本のポピュラー音楽を耳にすると、往々にして、ただの嘘、つきっぱなしじゃねえの? という気がしてくる。こと、大金使って大手レコード会社がTV広告を打ち、やっきになって売り込んでるような音楽の多くは面白いほど薄っぺらだ。15秒のスポットで視聴者の“心をつかむ”(ナメんなよ)ために、チョコレート・ムースのようなサビから先に書いたような歌のいかに多いことか・・・。
で、“アーティスト”たちはそのサビで絶頂点に持ってく前段として不自然なAメロBメロをでっちあげ、待っててね、我慢しててね、もうすぐだよ、がんばって、愛してるよ、という artistic と artificial の意味を取り違えた妙ちきりんな前戯がある。で、三つのウソに導かれた、一つの大ウソがにぎにぎしく、ぎょうぎょうしく展開され、その翌日には着メロとやらで、その錆びがノロウィルスのごとく大気感染していく・・・。

そんな音楽にウンザリしている耳に、ジェロニモレーベルの音楽はスーパーにクールだ。なにしろ、一気に核心に突っ込む。というか、そもそも、きれいな嘘なんかつこうとしてないし、その必要もなく、そこにはほとんど真実しかない。芸術の核心をつこうとしていない代わりに、ロックン・ロールの核心をついている。オレは職業柄、用語の使用法に厳格を期すべく努めるので、マスコミやレコード業界の大半のように“ロック”と“ロック・サウンド”を混同しない。だからここでの“ロックン・ロール”とは、嘘のない娯楽、快楽のことである。曲の内容を、まずはこの曲名から想像してみて欲しい。


ジェロニモレーベルには、ずうたいデカいレコード会社の社員を食わせなくちゃいけない心配はない。そもそも歌詞の中身を検閲するお偉いさんを通さないとCDが出ないような管理社会のあり方そのものと対立している。ヒデヨヴィッチ上杉が歌う通り、“何でもカネに換えなアカン”システムの、管理規制のフィルターを通って世に出るような“ロック”も“パンク”も、“インディー・ロック(?)”も“オルタナ”も、ついでにいえば“エコ”も“ロハス”もその意味においてたいていはもどきで嘘っぱちだ。こういう、真のインディペンデント、オルタナティヴ、本当に嘘のない娯楽、快楽こそ、自分から手を伸ばさないと、自分から探さないと手に入らない。テレヴィのスイッチをオンにしても、ダダ流れしてはこない。

ゆずコブクロが“大衆のアヘン”なら、ジェロニモレーベルは持たざる者、搾取される者の腹の奥をカッカさせるアブサンであり、腐った社会に目をつむってきた連中にとっての覚醒剤だ。摂取せよ。

ジェロニモレーベルのサイト  http://www.gernm.com/ 
・・・my space リンク、試聴、動画視聴、ライヴ情報etc.。

***今月、東京でも2ギグ!***
■3/25(木) 下北沢 Never Never Land
ドラムズなしのソロ・アクト/投げ銭。
■3/26(金) 高円寺 UFO CLUB
ブッキング/バンドでの出演。・・・これらの詳細も上記サイトで。