4.17.2012

レイプ殺人事件

■16日の『東京新聞』夕刊〈大波小波〉。


この〈お粗末で人をばかにした〉訃報記事を書いたというのは『産経新聞』のことだろうか? 
日経も同じ[共同通信]ソースなので、記事内容もほとんど同じで、この〈俗悪なタイトル〉を代表作の筆頭に挙げているが、さすがに記事の見出しには付けていない。

「レイプ殺人事件」監督のC・ミレール氏死去
msn. 産経ニュース
2012.4.5 20:05

クロード・ミレール氏(フランスの映画監督)4日、パリで死去、70歳。死因などは明らかにされていないが、数カ月前から病床にあった。
42年、パリ生まれ。マルセル・カルネ監督らの助監督を務めた後、76年に長編デビュー。代表作に「レイプ殺人事件」(81年)、「死への逃避行」(83年)など。98年に「ニコラ」でカンヌ国際映画祭の審査員賞受賞。85年の「なまいきシャルロット」で当時10代の女優シャルロット・ゲンズブールさんを世に送り出した。(共同)
しかしこのフィルム、原題は『Garde à vue(ガルダヴュ)』で、(被疑者の)勾留のことだ。邦題は『勾留』とか『取り調べ』で何でダメなんだろう??? とオレも思っていた。
邦題が地味? このポスターにそのタイトルはめ込んで、グッとこない? オリジナルがそうなんだけど……。


この映画、例によってイヤ~な刑事役をやらせたら右に出る者はそういない、リノ・ヴァンチュラと、レイプ殺人事件の容疑者(遺体の第一発見者で、その町の公証人を務めている男)役のミシェル・セローという、泣く子も黙る名優二人による、警察署内での緊迫した取り調べ劇だ。刑事は自信たっぷりに落としにかかるが、被疑者の公証人も警察側の描くシナリオのほころびを突きながら、断固として身の潔白を主張する……。その後、映画は公証人の妻を巻き込んだクライマックスで思わぬ展開を迎えるのだが、その妻役のロミー・シュナイダーの顔つきがまた、よかった。


アメリカでジーン・ハックマン、モーガン・フリーマン、モニカ・ベルッチでリメイクされたときのタイトルは『Under Suspicion(邦題:アンダー・サスピション)』だったので(観てないけど)、ストーリーの本筋に沿ったタイトルだと思ったが、フランス版の邦題はなんでこうなったかね。

『東京新聞』〈大波小波〉の記者は、それを〈販売会社が売らんかなの根性ででっちあげたものにすぎない〉と述べているが、そもそも『勾留』じゃ売れないだろうけど、『レイプ殺人事件』ならみんな観たいだろう、買うだろう、と思われてる国民ってどんな国民? オレもその中に入ってんの??


自分が翻訳仕事をする際に、常に“翻訳者の権限”について考えるが、その問題のシンボルとして必ず頭に浮かぶのが――ジョルジュ・バタイユの『Le Bleu du ciel』(英題:The Blue of the Sky)を『青空』としていいのだろうか? ――という問いだ。フランス語のフの字も知らなかった大学時代に熱中して読んだ『青空』が、原題では実は『空の青』だったことを知ったときはショックだった。意味がまるで違うのに、翻訳ってこれでいいわけ!? ……と思ったのだったが、実際問題、これ式の邦訳(『日々のあぶく』を『うたかたの日々』でよしとした例など)は山のようにある。『勾留』が『レイプ殺人事件』でいいんだから、もう何でもいいんじゃね? という感じだが、ムッシュ・ミレールが今この邦題を知ったら、(バリウム飲んで検査台の上で三回転する胃のX線検査のように)きっと棺桶の中でグルグル回ってしまうことだろう。

バタイユの『Le Bleu du ciel(ル・ブルー・デュ・シエル)』で思い出したけど、ザ・スタイル・カウンシルの超有名盤『Café Bleu(カフェ・ブルー)』も、最初にレコード会社の担当ディレクターが変なカタカナにしちゃったから、延々『カフェ・ブリュ』のまんまでいなくちゃならないのも、考えると胃が痛くなりそうなくらい気の毒だ。“お洒落”だの“スタイリッシュ”だの言われて“ブリュ”じゃなあ……、悲劇だなあ。ほんと、最初に日本に紹介する人は責任重大だよ。それが正解になっちゃうわけだから。

最後にBFMTV.comの短い訃報報道を下のリンクからどうぞ。件の『Garde à vue(ガルダヴュ)』も、シャルロット・ゲンズブールも、リュディヴィーヌ・サニエも出てくる。
合掌。