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10.13.2011

ホットなボリス・ヴィアン! そして黒人音楽都市パリ ~鈴木孝弥インタビュー~

■光文社古典新訳文庫からボリス・ヴィアン『うたかたの日々』(野崎歓/訳)が発売になりました(これで3ヴァージョン目の邦訳ですね)。

それに関連して、先日《光文社古典新訳文庫カフェBlog》の執筆者である渡邉裕之さんの取材を受けました。

『うたかたの日々』といえば、〈2つのことがあるだけだ:あらゆる流儀で楽しむ、しゃれた女の子たちとの恋、そしてニュー・オーリンズかデューク・エリントンの音楽。それ以外は消えてなくなるべきだろうな。それ以外は醜いんだから〉という序文がつとに有名ですが――(これはオレ訳です。野崎訳はどうなってるのかしら。新潮社版『日々の泡』のこの箇所は、ジャズ愛好家的には看過できない誤訳があります)――、渡邉さんが同ブログで新版『うたかたの日々』について書かれる際に、(ぼくが『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』を訳した関係で)氏よりジャズ切り口の話を聞かせて欲しい、というお申し出があったからです。ありがたいことです。

ここが《光文社古典新訳文庫カフェBlog》のそのペイジ

で、そこに受けたインタヴューのさわりが載っており、そこからインタヴュー全文の掲載された渡邉さんのブログにリンクが延びています。


ぼくのインタヴューというよりも、パリとボリス・ヴィアンとジャズとレゲエの話ですので、ご興味のある方はぜひご一読ください。

9.23.2010

To beat, or not to beat, that is the question...

■あさって、今週土曜日の告知です。素晴らしい話者、詩人が揃う、今こそビート・ジェネレイションを考えよう、というイヴェントに音係として誘われました。光栄なことです。
当然、ビー=バップをプレイします。ココとか塩南京豆とか…。
で、ビートとビー=バップの関係性についても、ちょっとだけしゃべります。


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模索舎+トランジスター・プレス共同企画

The Beatwriter is Holy.聖なる路上の作家 

記録的猛暑が襲ったこの夏、
偶然にもビート感覚溢れる三冊がほぼ同時に刊行されました。
『ジャック・ケルアックと過ごした日々』、『アレン・ギンズバーグと旅するサンフランシスコ』、そして『愛と憎しみの新宿』。
この三冊の刊行を記念して著者、訳者等を迎えて、ビートにまつわるトークと音楽、そして詩の朗読を体感するイヴェントを開催致します。
ビート詩人、ローレンス・ファーリンゲティは、「アメリカ合衆国の物質主義と軍国主義が再び拡大し、自由が弾圧され始め、その抑圧、脅威が世界中に広がっている今、再び、ビート・ジェネレーションの言葉やメッセージが必要だ」と語っています。
今回刊行された、これらの本から溢れ出す言葉は、私たちに何をもたらすのでしょうか?

Speaker
ヤリタミサコ (詩人、『ジャック・ケルアックと過ごした日々』訳者)
今井栄一 (ライター、『アレン・ギンズバーグと旅するサンフランシスコ』訳者)
平井玄 (評論家、『愛と憎しみの新宿』著者)

Music Selector
鈴木孝弥 (音楽評論家)

日時:2010/09/25[SAT] START 19:00
場所:Café★Lavandería (東京都新宿区新宿2-12-9 広洋舎ビル1F)
ADMISSION FREE
『ジャック・ケルアックと過ごした日々』の舞台となった1940年代のニューヨークで、ケルアックを始めビート作家たちを虜にしたジャズなどの音楽を聴きながら、ラバンデリアの秋の新メニューのカクテル、トム・コリンズ(オールド・トムジンベース)やエルディアブロ(テキーラベース)、ニューヨークにまつわるビール、ブルックリン・ラガーなどをお楽しみ下さい。またイヴェントに合わせたスペシャルフードも用意致します。

【書籍に関するサイト】
『ジャック・ケルアックと過ごした日々』
『アレン・ギンズバーグと旅するサンフランシスコ』
『愛と憎しみの新宿』

1.27.2010

ジャンゴ・レナルト100歳



■このところ、生地ベルギーやフランスで、ジャンゴ・レナルト生誕100年を祝う回顧企画がいろいろと行われている。それでふと、思った。人の死は単純に悲しいものだが、時間さえ経てばその死のあとに、またその人の“存在”について祝うことができる。素晴らしい人間の知恵だ。
ところで、日本ではどういう経緯で彼の名前が《ジャンゴ・ラインハルト》と表記されるようになったのかが分からず、職業柄、ずっとモヤモヤしている・・・。彼の出自はロマ/マヌーシュのファミリーにあるが、ベルギーのフランス語圏リベルシ生まれで、その地で出生届もフランス語で出されている。10歳前後からほとんどフランスに住み、ジャズの興隆に貢献してフランス独自の“ジャズ・マヌーシュ”を確立し、フランスの市民権を得、フランスで没した。という人生である以上、彼の姓を、フランス語圏での発音以外の方法でわざわざ発音する理由が分かんないのだ。
ということで、『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』の中でも〈ジャンゴ・レナルト〉と表記しています。本の始めの方に出てくるところでは、日本での通用名も併記していますが。

彼が〈今、生きていたらこの1月23日で100歳〉というタイミングの回顧ムードに加え、その彼が今のオレの歳、43歳で死んだことも加わって二重に感慨深い。で、窓際の日だまりに座りながらデカい音でジャンゴ・レナルトを聴いている。今はユニバーサル《Jazz in Paris》シリーズの中の『Swing from Paris』を。

最近、日本向け放送に日本語字幕を付けることを発表したフランス語圏放送のTV5 MONDEのジャーナリスト:エステル・マルタンがキャスターを務めるニュースでも先日レナルトの特集があったばかりだ。



これには字幕がないけど、ジャンゴの生地も、その出生証明書も、若い頃の写真なんかも、いろいろと出てきてコンパクトにまとまっていて楽しい。最近『Django Reinhardt et le jazz manouche - Ou les 100 ans du "jazz à la française"(ジャンゴ・レナルトとジャズ・マヌーシュ ~ または“フランス流ジャズ”の100年)』という本を出したジャン=バプティスト・テュゼが、「今、また若いギタリストたちがジャズ・マヌーシュのスタイルに改めて魅せられ、自分のプレイにどんどん取り入れている。今、ジャズ・マヌーシュは“ア・ラ・モード”なんだ」と最後に語っていて、日本でも大勢のファンがよろこぶだろうエピソードだ。

18歳で負った火事による損傷で左手の指が親指から中指までしか使えなくなった(実質、弦に触れる指が2本しかなくなった)とは思えない流麗なソロと、あのザク・ザクと力強く刻まれていくリズムを聴いていると、とにかく気分がほかほかしてくる。と同時に、若くしてこの音楽を完成し、それが世界のジャズの標準のひとつとして今も(ますます幅広く)評価されているレナルトの人生を思うと、その43年の人生を自分のこれまでの時間とつい、比べてしまいそうになる。天才の人生と自分のそれの“価値”を比べたって無意味なのだが、少なくとも死について考えることは自分の人生にとって無駄じゃない・・・。

それに、今年に入ってまだひと月も経っていないのに、好きな人が何人も鬼籍に入ったので、昨秋の祖父の死以降、最近嫌でも死について考えることが多い。エリック・ロメール、浅川マキ、テディー・ペンダーグラス・・・みんな今月死んだ。それから、あんまり話題にはなってないけど、粋で純で料理がうまい名探偵スペンサーを生んだ作家ロバート・B・パーカーもつい先日他界した
「タフじゃなくては生きていけない。やさしくなくては、生きている資格はない」などとフィリップ・マーロウに言わせたのはレイモンド・チャンドラーだが、マーク・トゥウェイン~アーネスト・ヘミングウェイ経由でダシール・ハメットやチャンドラーをとっかかりに“ハードボイルド”小説を読み漁っていた18歳頃のオレに一番リアリティーがあったのが、“同時代”を生きているスペンサーだった。とにかく、タフだとかやさしいだとかの以前に、自分で食うものくらい自分で作らなくて、どうやって生きて行くんだ? というメッセージを勝手にスペンサーから受け取ったオレは、それ以来ずっとその“教え”に忠実に生きている、という意味ではロバート・B・パーカーは、オレの人生の師のひとり、ってことになるのかもしれない。・・・そんなこと言ったら、女の子の膝が好きなのは、その魅力をロメールに教わったせいだしな・・・(笑)。

ま、とにかく、ジャンゴの“飄々とした”音楽を聴きながら、日だまりで猫になって今月の追悼をしている。もちろん、ハイチで、何が起こったのかさえ分からないうちに亡くなった人が大勢いるだろうことを思うと、それが何よりいたたまれない。