12.24.2009

Merry Crucial Jazz Time !!!

■これまでになかったジャズの本2冊、出揃いました。年末年始のスウィンギンな休暇のお供にいかがでしょうか? 
(以下の写真、クリックででっかくなります)










『ジャズ・ミュージシャン3つの願い』の方は、Amazon.co.jp では今(12/24夕方)現在、〈通常1~3週間以内に発送します。〉というステイタスになってますが、単にアマゾンの初回ストック分が売り切れたに過ぎません。



その状況を受けて、既に中古マーケットに6,000円超の価格で売りに出している商売人がいますが、日本中のジャズ・ファン全員に買っていただかないとこちら側が困るだけの部数を準備よく作っていますので(笑)、皆様には確実にプロパー価格でお買い求めいただけますし、アマゾンにもすぐに在庫補充されます。また、2冊とも、他の全国大型書店/大型CDショップでもお手にとって見ていただけるはずです。また、この下↓の封筒のアイコンをクリックすると、これらの本の情報をお知り合いの方にも簡単に転送していただけます。どうぞ、よろしくお願いいたします。

12.22.2009

気持ち悪い音楽を耳にしないための気持ちのいい運動の勝利!

ここで伝えた《Rage Against the X Factor for Xmas no.1》の結果が出た。見事にレイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの「Killing in the Name(その御名のもとの殺戮)」がクリスマス・ウィークのUKチャートの1位を獲得。胸のすくようなニュースだ。

運動発起人のFacebook のページでもおおよろこび。

さらに、この運動に参加してRATMの曲を購入した人たちにホームレス支援のチャリティーも呼びかけ、多額の寄附金を集めることにも成功した。要はクリスマスに気持ちの悪い権力が生み出した音楽をなるべく話題に(耳に)しないための運動をしながら、それが単なる“マス・メディア・パワー嫌いのエゴ集団”の叛乱としてではなく、社会的弱者を救済する運動と同調するものの考え方であることを示したことで、この運動はますます意味のあるものになったと思う。だいたい、金のある連中がその権力で“急造ヒット曲”と“話題”を作り上げ、それが共犯マス・メディアのパワーによって、一気に国中それ一色にしちまうなんてのは、“純真”なティーネイジャーを洗脳する、音楽の毛皮をかぶったファッショだよ。

で、この〈勝利〉の報道を日本語のメディアで探したら、すぐにMTV JAPAN のニュースが見つかったんだけど・・・

(ことの経過を報じたペイジ)
(運動の〈勝利〉を報じたペイジ)

このMTVの報道じゃ“今週のNo.1ソング”になった「Killing in the Name」の歌詞の内容とか、この曲が“課題曲”に選ばれたことの意味をな~んにも報じてないのね。話の肝がすっかり抜けてる、中身が全部カラのマトリョーシカみたいな報道だけど、ま、MTVもユダヤ・マネーによるイスラエル支援企業だからね、この曲の内容や曲のできた背景なんかについて詳しく触れるのは、自分の首を自分で締めるようなもんだわな、そりゃ。むしろレイジがこの曲に込めた怒りの矛先の一部に自分が入ってたりするわけだからね。こういうハンパな子供だましの報道をしなくちゃならないMTVさんもつらいわな。オレはMTVなんか見ないから分かんないけど、つうことは、もしかしてパレスチナ問題を知らない日本の“純真”なノンポリ・ガキんちょ向きの番組なんかを作ってらっしゃるのかしら。

12.18.2009

はい、チーズ! と言わずに撮ったきれいな写真

■せっかく本の発売日だっていうからブログを見てみたら、エッチな写真だった。本の表紙も載せないで何やってるの? という電話がきたので本日発売の『ジャズ・ミュージシャン3つの願い』(Pヴァイン・ブックス)の表紙はそのうち載せます。だけど、出版社のサイト
を見てもらった方が早いんだよな。ここでは一部の内容も、全登場ミュージシャンの名前もわかります。

それはそれとして、今日もきれいな写真を見つけた。パリに雪が降ったので、新聞『ル・モンド』のサイトが読者に雪景色の写真を募集して、それがスライド・ショウ的に見られるようになっている(リンクは2段落下↓)。



個人的に、多分世界で一番好きな街はパリですが、だからといって盲目的にパリなら何でもかんでも好き、ってわけじゃない。この前前エントリーでも書いたけど、セクセンドラゲンロケンロー!なパリが好きだ。が、この写真を見ると、純粋に、絵的に、詩的に、綺麗である。雪が降ったくらいでみんなが嬉々として写真を撮りたくなるような街に住んでる人って幸せよねー。街の美しさって、都市計画、つまり政治の結果である。そう考えると、自治体の長が自ら〈ゲロ〉と称する街ってなんなのよ。まず下品だし、無責任だろ。

みなさんの多くは、雪景色なる風情を望むべくもなく、不況風に新型ウィルスが舞っているだけの気ぜわしい師走の日々を送っていらっしゃることと存じますが、イシハラ・ゲロ・シティーにお住まいのみなさまも、それ以外の多少上品な嘔吐物市、もしくは吐瀉物町などにお住まいのみなさまも、下記リンクより、しばし目の保養、心のゲロ抜きなぞ、されてみてはいかがでしょうか?

フランス各地編もあります。あんまり面白くない写真もあるけど。

で、『ジャズ・ミュージシャン3つの願い』の写真も相当アガりますよ。よろしくどうぞ。

12.16.2009

Say cheese!

■年末年始、みなさん家族親戚や友人と一緒に写真を撮る機会が増えるんでしょうが、だけど写真を撮る人が「はい、チーズ!」と言った直後にシャッターを押すのはつくづく変だよね。あれじゃ撮る合図じゃん。被写体の口角を上げるための指示である「チーズ、って言って!」が、いつどこで「はい、チーズ!」になったのか実に不思議だが、こうなるともう、歴とした文化ではある。



じゃあ、写真を撮られる女の子が最初からこんな目で齧ってたらどうする? つうのはくだらない冗談だが、このカレンダーのタイトルもつまらないジョークで、〈from'(fromage)girls〉つまりフロマージュ(=チーズ)・ガールズが贈る2010年カレンダーってわけで、中身も冗談のような写真が並んでいる。ただしその目的はいたって真剣だ。



これはフランス各地特産チーズ生産者協会が商品として作り始めて今度で5年目となるカレンダー。協会のホームページを見て笑うのは、作ってる協会自体がこれを〈無礼でセクシーなカレンダー〉として売っていることで、曰く〈12人の若い女性が、それぞれの特産チーズを予想外のシチュエイションでおもちゃにしています〉。



で、チーズの古くさいイメージを変え、チーズのより〈グラマーな、フェミナンな、そしてポエティックでセンシブルな〉魅力を見直そう、もっと若い世代にも注目してもらおうっていう目的なんだと書いてある。各月の女性の名前のファミリー・ネイムが地名(=チーズの名前)になってて、その右側には各チーズの紹介文もある。そして同協会の会長ヴェロニク・リシェ=ルルージュさん(女性)は、「このカレンダーは、大資本の企業グループがチーズの市場を独占することに対する抵抗運動なのです」と語る。真の目的はそれなのだ。

かの『美味礼賛』を著した食通の政治家ジャン・アンテルム・ブリヤ=サヴァランは、〈チーズのない食事は片目のない美女〉だと言い、第五共和制の初代大統領シャルル・ドゥ・ゴールは、〈チーズが300種類以上ある国をどうやって統治しろっていうんだね!〉とジャーナリストにキレたりしたが、もう、明らかにそんなフランスじゃないんだな。チーズは苦手、っていう若いフランス人に何人も会ったことあるし、彼らはワインもどんどん飲まなくなってるっていうし、そりゃあ作って売って食文化を守っていく立場の人にとっては大変な問題だろう。

そう考えると、日本酒も焼酎も愛しつつ、フランスのワインもチーズもガンガンに賞味する日本人は頼もしいですね(より真剣に楽しんでるのは女性だよね。本国じゃオヤジの酒として人気のなかったマッコルリだって、韓国旅行に行ったなでしこジャパン――選手じゃなくて一般の――がうまそうにグビグビ飲んでるのを見て、韓国の若者も最近飲むようになったって、どっかで聞いた)。



とにかくこのフランスのチーズ協会のカレンダー、表現法についていえば、女性の性的な魅力を利用しているという人権問題上の“そしり”を受けることは多少は織り込み済みだとは思うけど、5年も続いてるくらいだし、実際問題として、あの国ではこういうのってたいした問題にはならない。男だって、財政難で困ったスポーツ・チームのイケメン選手が脱いでカレンダー作ったり、完全に素っ裸でストリーキングした映像を公開して、こんなことするくらい大変なんですよ、ってことで寄附を募ったりしてるからね。まあ、困ったら脱ぐ、自然美は自然な美なんだから、あるものは使えばいい、っていう文化があることは間違いない。結局、そこにどういうセンスを付加し得るかが肝になる。



で、オレはこのカレンダー、チーズ協会の直面している深刻な問題と、写真のかわいらしくてばかばかしいところのギャップが好ましいので好きだ。買いはしないけども。これに何か問題があるとすれば、このカレンダーをダイニングに飾りながら、子供に「食べ物で遊んじゃだめでしょ!」とは叱れないことぐらいだろう。それから、ロクサーヌ・カンタルちゃんは、カンタル・チーズ切ってて指まで切っちゃったんだろうか。

このフレンチ・チーズ・ガールズと1年間過ごしてみたい方は;
(英語で注文できる)

その前に、ここで各月、全部見られます。

12.11.2009

温暖化を超えてかなりホットな COP15 エコ/エロ・バトル

■デンマーク/コペンハーゲンで18日まで開催中の、気候変動枠組み条約・第15回締約国会議(COP15)については連日報道されているが、それに関連して、日本の“A級”マスコミは多分報じないコペンハーゲンの売春問題に関する“攻防”が結構ホットな問題になっている。

デンマークでは(スウェーデン、オランダ、ドイツなどの近隣国でもそうだが)売春婦の労働組合が、性の肉体労働者たちの人権、健康安全や収入に関する不利益が起きないように国や自治体に働きかけている。つまり売春は違法ではないから、売買の当事者双方ともに罰せられない。

しかし、この国際会議期間中に多くの国の首脳級が集まることに付随する、治安やら街の風評やらの問題、またその商取引の増加自体を望まないコペンハーゲン市議会の一部の勢力が、今年8月にある施策を打ち出していた。それは、12月の COP15 会議ヘの出席者に対し、開催期間の2週間の間、売春婦と売買契約を結ばないことを同意してもらおうというものだった。




しかしデンマーク政府は、この“気候サミット会議”への出席者が娼館へ行ったり街娼と接触したりすることに対して介入する意志がないことを11月初旬に言明していた。




このウェブ・ニューズ『The COP15 Post』によると、同じくコペンハーゲンで行われた今年5月のプレ・サミットの開催期間も、10月の(2016年夏季オリンピックの開催地を決めるための、例の東京がまんまと負けた)IOC総会の開催期間も、街の売春婦は“グッド・ビジネス”ができたというから、12月の2週間という長丁場の国際会議の期間も格好の書き入れどきとして期待していたわけだ。きっと客筋もいいんだろうしね。

で、結局、コペンハーゲン市議会も国際会議出席者の“倫理意識”に直接働きかけることは断念したようで、その妥協案として市内のホテル経営者宛に〈宿泊客に売春婦のアレンジをしないよう〉書面で通達し、かつ各ホテルに〈性を買わないで。責任ある行動を〉といった主旨のポスト・カードを置いて、COP15参加者に間接的にアピールする策をとった。そうすると、市に仕事を妨害される売春婦たちとその組合は当然怒るわけで、彼女たちは行政への反撃としてなかなか画期的な策をとった。組合のウェブ・サイトから申し込み、ホテルに置いてあるその〈買うな〉カードを持参したCOP15会議の出席者には、一部サーヴィスを無料提供するというのだ。
昼は地球環境を考え、夜は売春婦の闘争を擁護するタフで意欲的なCOP15会議出席者は、さて、どれだけいるのだろうか。

コペンハーゲンは楽しい想い出がたくさんある好きな街だ。10年以上前に行ったきりだけど、しかしそのときも市の行政には〈くさいものに蓋〉的体質が明らかにあるなと思った。中央駅から見た観光地側(かの有名なチボリ公園や、繁華街ストロイエのある側)の美しく活気に溢れる街の姿と、金のある観光客は誰も行かないだろう駅の裏側エリアとの差が相当凄かったのだ。街に着いて中央駅のインフォメイションで1泊に払える金額を伝え、ホテルを紹介してもらおうとしたら、係員が「その金額じゃこっち側しかないよ」と言う。全然オッケーよ、と言うと確か2度ほど念を押され、セックス&ドラッグ&ロケンロールな街はパリで馴れているものの・・・実際、紹介されたホテルのあった“駅裏”の寂れて不穏なムードの地域は、人通りはまばらでジャンキー率のかなり高いところだった。日本の優良ガイド・ブックにだけ載っていない世界的に有名なコペンハーゲンの観光地:自治区域のクリスチャニアでは大麻草は普通に買えて、健全な草吸系男子と草吸系女子がみんな朗らかで感じがいいが、“駅裏”はその真逆。希望のない顔で肉注系男子と女子がヨロヨロしてる。普通に注射器が落ちてるし、昼の2時の路上で、目の下にクマを作ったガリガリに痩せた女の子(映画に出てくる、絵に描いたようなジャンキー)が、オレの目の前で地面に崩れ落ちるように倒れた。そんなところだ。
・・・とはいえ、ビッグ・マック・セットが1000円以上する物価の街で、そのホテルは安く従業員はファンキーだったし、その地区には1食600~700円で腹いっぱいになる移民系食堂があって、うまい中華やインド料理をたくさん食えたので結果的には楽しかったが、しかし、外向きには手厚い社会保障で国民の幸福度の高さがアピールされている国の首都の、その中央駅のすぐ裏側の風景にはいろいろと考えさせられた。今の売春婦問題の記事を読みながら、そのことを思い出したのだ。世の中には〈“絶対に”なくならない問題〉がある。その点を直視しない政治はみな決定的に不正だ。何故なら、人間というものが分かっていないからだ。そんなやつらが人間のための政治などできるはずなかろう。

12.10.2009

ギル・スコット=ヘロン通信



■ここしばらく2冊の本の最終作業と校正で他のことが一切考えられなかったので、この続報もちょっと遅くなってしまったが、Better late than never  と言うしね。って感じで、スコット=ヘロンを聴くと、何でもいいから英語を使いたくなってしまうな。音楽家の中で誰よりも好きなボブ・ディランをどれだけ聴いても、自分で英語を使いたいという気分にはならないのだが、GSH を聴くといつも、何でもいいから書きつけたり、トイレでつぶやいてみたくなる。強烈にミーハーだ。

GSH の待望の新作『I'm New Here』のティーザー広告サイトから、「Where Did the Night Go」が無料でダウンロードできるようになっている。リーディング・スタイルの1分14秒のナンバーだが、GSH のよさが、再び、しみじみと味わえる。で、次にトイレに行ったときに、きっと、頭に残ってる一節をつぶやいてみたりするのだ。夜になったら、ウイスキーを飲みながらこの詩を書き出してみよう。やっぱり今、実にミーハーな中学生の気分だ。http://imnewhere.net/


12.09.2009

気持ち悪い音楽を耳にしないための気持ちのいい運動

■今、イギリスの“地下”で盛り上がってる、面白い話題。
あの国で大人気の、新しいアイドル歌手を作るためのオーディションTV番組に《The X Factor》というのがある。毎年多くの候補者が参加し、歌ったり、踊ったり、審査員が候補者の自宅を訪ねてプライヴェイトな生活を覗いたり、いろんな角度から審査されていくうちに候補者がだんだん絞られていき、もうすぐ今年の優勝者が決まる。

で、この優勝者は受賞のご褒美として即1曲レコーディングでき、それがリリースされる(曲は毎年カヴァーと決まっていて、今年の曲はオレは初めて名前を知ったマイリー・サイラスという、いかにも、な感じのアメリカのティーネイジ・アイドル・スターの曲らしい)。そして番組の膨大な数のファンがそのシングルを買い、この人気番組に協賛しているイギリスのあらゆるメディアがその曲を流しまくることで、その曲をクリスマスの週のヒット・チャートの1位にして盛り上がるという趣向らしい。

当然ながら、一定期間そんな曲を一方的に聴かされることを嫌う音楽ファンたち・・・もっと正確に言うと(まだ誰がなんという曲を歌うのかは分かっていないので)曲や歌い手が嫌いというよりも、そういう巨大メディアが結託し、そのパワーの象徴として昨日までシロウトだったやつをダシにして“ヒット曲が製造される”ことの気持ち悪さを嫌う人たちがいて、その代表としてトレイシーとジョンという2人が立ち上がった。

で、何をしたのかというと、その《The X Factor》計画を失敗させようと、ソーシャル・ ネットワーキング・サービス Facebook 上にページを立ち上げ、クリスマスの週のヒット・チャートの集計が始まる13日以降に、ある同じ曲をみんなが購入することを呼びかけ、それで《The X Factor》の番組の曲が1位になるのを阻止しようというのだ。
http://www.facebook.com/group.php?gid=2228594104

その曲がいい。アメリカのアナーキーな反権力グループの代表格レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの「Killing in the Name」なのだ。

〈その名のもとの殺戮(Killing in the name of)/奴らの言う通りにするんだ/奴らの言う通りに振る舞うんだ/クソったれ、オレはそんな話にゃ乗らないぜ!(Fuck you, I won't do what you tell me!)〉という歌詞のその曲を、クリスマスの週のNo.1ヒットにしようっていうわけだ。



“killing”には、“大もうけ、大当たり”の意味があるので、“対抗曲”としてのこの曲名には、“番組の名のもとに、No.1ヒットを作ってみやがれ!”というニュアンスが生まれる。うまい。さらにこの選曲が興味を惹くのは、この1992年のナンバーの「その〈御名〉のもとの殺戮」っていうタイトルは、“God Bless America”を免罪符に湾岸戦争に踏み込んだパパ・ブッシュのアメリカを中心とした当時の多国籍軍の行動を非難したもので、当然ながらこの曲がクリスマスにNo.1になったら敬虔なクリスチャンは衝撃を受けるだろう、ってことだ。それでなくても、これまでにもイギリスで何度もこの歌詞が物議を醸してきたのだ。

このアンチ《The X Factor》運動には既に40万人を超える賛同者が集まっている。で、その Facebook  のページでは、「この曲を既に持ってる人も買ってくれ。でもまだ買うなよ、いいか、13日からだからな。13日前に買ってもその前の週のチャートにカウントされちまうぞ」と念を押している。

この〈黒幕機構に対する激怒〉というグループの〈その名のもとの殺戮〉という曲をみんなで買おうという運動は、《Rage Against the X Factor for Xmas no.1》と命名された。賛同者の中にはセックス・ピストルズ/PILのジョン・ライドンの名前もある。

オレもレイジ・ファンなんで当然この曲は持ってるが、買って応援したい。でも、こういうダウンロード購入って外国からはできないんだよな。

ちなみにこの曲名は特に若い活動家たちによって、反戦運動の中で多用されるようになった。こんな風に。


11.27.2009

抵抗する週末

■今週末はいろいろイヴェントが重なってたいへんだ。時間の都合でほとんど行けないんだけど、土日の2日間にわたって行われる《反戦と抵抗の祭(フェスタ)》の日曜の新宿サウンド・デモには、“自分で踊りに”、何としても行きたい。



な~んにも買わないで過ごしてみないか=《Buy Nothing Day》も明日の土曜だ。オレは1円も出費しない日が月に何日もあるのだけれど・・・この日はあらためて消費社会の弊害について、世界が同時に確認してみる1日として非常に意味がある。

どちらの情報も、モタモタしていたせいでここに載せるのが直前になってしまったが、(デモや集会で頻繁に一緒の)フリーライター鶴見済さんのブログでは流石にきちんとお知らせされていて、それ以上に簡明に行動の意味とエスプリを書く自信がないので、鶴見さんのテクストを読んでもらった方が早い。1分で読めるので是非、ここへ飛んで欲しい。http://tsurumitext.seesaa.net/

11.24.2009

original gangsta on stage

■ってコメントが、YouTubeのこの映像の元ページについてるのを見て笑った。



《RT(Russia Today)》っていう、“10代の若者のヘルシーなライフスタイルを奨励する”、ロシア政府がスポンサーのテレヴィ番組での最近の一コマ。ラップ・コンテストの決勝のゲストとしてやって来たわけだが、しかしこの男、何でもやるんだね。で、思いっきり理解のあるところを見せようとしてるが、それがイタいっていうより、なんだかそこはかとなく怖いのがこの男の底力だ。ただ単に政府が金使ってヒップホップ文化を去勢しようとしてるだけじゃない、何かもっと裏がありそうだもんな。・・・ほんとにラップを録音しちゃったりして・・・。

とにかく、力いっぱい笑えもしないし、思いっきりグロでもホラーでもない。100%ヤラセだと分かっていても、しばらく胸の辺りに不快感が持続する、実に貴重な映像です。

11.21.2009

現金があれば何でもできる bis

■もう1度言うが、できるのにそれはやらない、っていう企業の品性のあり方、ってものがあるはずだ。行政もしかり。収入のためには市民のための公園を売るのか?
http://3cha40otoko-dico.blogspot.com/2009/06/blog-post_13.html



昨日流れてきた情報。


【2009-11-28】━━━━━━━━━━━━━━━━━
シアトルから10年 WTOドーハ・ラウンドに反対!
宮下公園を多国籍企業のナイキに渡さない!

貧困を作り出す自由貿易、市場原理主義、
ナイキなど多国籍企業を優遇するWTOに反対しよう
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日 時 11月28日(土)13:30に【恵比寿公園】集合
14:00に渋谷方面に向けてデモ出発
場 所 恵比寿公園(JR恵比寿駅西口5分)
共 催 WSF2010実行委員会 http://tokyo.socialforum.jp
みんなの宮下公園をナイキ化から守る会
連絡先 担当者直通 070-5575-6647又は080-3127-0639
(*デモ終了後は、共同炊事もあります。)
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11.06.2009

ボリス・ヴィアンのジャズ入門、いよいよ

『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』、いよいよ、です。

といって、まだ最後の校正中なのですが。発売を公表してから優に半年以上、これまでいろいろな方々にお問い合わせなどいただき、興味を持っていただいたのに、遅くなってしまいごめんなさい。

この遅れは、(以前も書きましたが)一時期、パノニカ・ドゥ・コーニグズウォーター著『ジャズ・ミュージシャン 3つの願い』の作業を優先させたことにもよるのですが、そちらも50~60年代のジャズのファンの間では、原書のフランス版が出てからのこの3年(その後英語版とドイツ語版が出たこともあって)とても注目されていたいわば“幻の1冊(その意味は〈序文〉で分かります)”で、これまで誰も見たことのなかった写真と、誰も聞いたことのなかった言葉が詰まった本です。こちらが結局先に出る運びになったので、情報は既に公になっています。

どちらも自分で原書を買って読んで面白いと思い、それで日本語版を出したいと思ったものです。つまり全然外国からの売り込みでもなければ、雇われ翻訳者の仕事をしたわけでもありません。個人的にジャズ好きとして読んで、どちらも日本で出す価値があると思ったわけですから、手に取っていただけたら、ぼくと同じようにこの2冊の本を面白いと感じてくださる方が大勢いると思います。

ま、ボリス・ヴィアンの方はジャズの原稿だけではなくて、それ以外のレコードのライナー・ノーツやギャグまみれの原稿もいろいろと入っていますが、それでも『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』なのです。ボリス・ヴィアンの生き方自体がジャズなのですから、ジャズな人がシャンソンの原稿を書いても、そのテクストは“ジャズ”なのです。ヴィアンのファンの方は、それで総てを理解されることと思います。

《2つのことがあるだけだ:あらゆる流儀で楽しむ、しゃれた女の子たちとの恋、そしてニュー・オーリンズかデューク・エリントンの音楽。それ以外は消えてなくなるべきだろうな。それ以外は醜いんだから》
—— ボリス・ヴィアン『日々のあぶく』(a.k.a.『うたかたの日々』『日々の泡』)

ヴィアンのあまりに有名な一節ですが(これはオレ訳ですが)、もちろんヴィアンはマイルズ・デイヴィスやジョン・コルトレインが、マヘリア・ジャクソンやビリー・ホリデイが醜いなどとは思っていない。どころか、大好きなわけです。彼のこういう“もの言い”が彼の“ジャズ”だし、彼の“ジャズ”が好きな人は、彼が何を書こうとそのテクストに“ジャズ”を聴くわけです。だから、『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』には何が書いてあってもいい。“ボリス・ヴィアンのジャズ”の入門書でもあるわけですから。・・・その多くはほんとにジャズのレコードのライナー・ノーツですけどね。そういう本です。

とはいえ、『ジャズ・ミュージシャン 3つの願い』に載っている300人のミュージシャンの“願いごと”で、ぼくが一番好きなのはデューク・エリントン(上のリンク先にはそれが掲載されていますが)。彼のカッコよさとエレガントさは、やっぱり最高なんですよ。

11.05.2009

音楽政治ドラッグ




■オレはハーブは好きで、ドラッグは格別好きじゃないけれども(職業柄、言葉の定義には注意するたちだ)。

いずれにしても、この3要素は往々にして自然に“なかよし”になってしまうし、好き嫌いは別として、いつの時代もどこの国にも、すぐそこにあるものたちなので、すなわちこのタイトルは、大なり小なり〈=日常〉なのだ。そこの中で生きているという自覚が特にあるかないかも別として。

この3人が揃うのはかなり興味がある。彼らのような文才があれば、オレの暮らしももう少し変わっていたか・・・(変わってねえか)。いずれにしても、本の最終校正中で実に時間がないのですが、これは行きます。そういえば、『定本 リー “スクラッチ“ ペリー』でお世話になってから野田さんにもお会いしてない気がする。

(ボリス・ヴィアン本の編集者とデザイナー氏へ業務連絡:最終赤は金曜までには戻せません。ブッシュを恨んで下さい。土曜はこれを聴きに行くので、それまでにはなんとかしますー)

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音楽にとって政治とは?
政治にとって音楽とは?
今巷を騒がすドラッグ問題にも大胆に切り込む。
野田努を司会者に若手人気ライターの磯部涼と二木信が赤裸々に語りまくる!
    
11/7(土) 【音楽政治ドラッグ - TALKSHOW -】
  
磯部涼×二木信
司会:野田努
  
18:00 OPEN / 19:00 START 1500yen(1drink)
予約(30名) → ぱちか村: 03-3315-5251 or sonchou@patika-v.net
※メール予約は、返信が届いたら予約完了です。

11.03.2009

ついでに、

■しんちゃんもくればぁ~。



















(食後に読んだら、間違いなく吐くな、この文章)


今夜の東京ドーム、どこから投げるも投げないも、犯人が出てきただけで、5万人のブーイングで判決が下されますことを。あ、一部の連中はしないから、4万9千人くらいか。
で、日本テレビの音声さんが、そのブーイングをきちんと拾って日本中のお茶の間に流してくれますことを。

キャッチ・ボールするなら

■なるほど。”大人の配慮”で、ギリギリまで発表しなかったんだな。




スポニチ・アネックス(本日)

おい小泉、昔の御主人とキャッチ・ボールするなら、西神田公園がおすすめよぉー。オレらも一緒に警備してあげるから♡。

10.30.2009

11.3 緊急アクション



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戦犯ブッシュを裁く! 11.3緊急アクション

日時:11月3日(火)
○街頭宣伝 16時:水道橋駅西口出口集合
○デモ集合 17時 「西神田公園」(千代田区西神田2-3-11)
      交通:神保町・水道橋駅から徒歩5分
○デモ出発 17時45分 西神田公園→水道橋駅横→東京ドーム前→礫川公園
★プラカード、楽器、靴などの持ち寄り大歓迎。
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賢介、ブッシュを撃て!
戦犯を逃がすな。ブッシュをとらえろ!
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11月3日にジョージ・W・ブッシュが来日し、東京ドームでの日本シリーズ第3戦の始球式に参加するそうだ。ジョージ・W・ブッシュ元合衆国大統領はアフガン・イラク戦争を指揮し、軍民合わせて数十万人を虐殺した。またその後もアフガン・イラクへの派兵を継続し、アフガン・イラクの人々の生活基盤を破壊し続けた。

ありもしない「大量破壊兵器」を開戦理由にでっち上げ、イラク中部のファルージャでは殲滅攻撃で数え切れない死者を出し、アブグレイブ・グアンタナモでの人権侵害も明らかになった。一方日本もイラク戦争にいち早く支持を与えてジョージ・W・ブッシュによる虐殺を政治的に支援するとともに、自衛隊をイラクに派兵し、物理的にも虐殺と破壊を助けた。そしてアフガン・イラクは今も未曾有の混乱状態だ。

ジョージ・W・ブッシュはその与えられた政治的権限を人々を生かす道のために用いるのではなく、数多の人名を失わせ、人の歴史が営々と積み上げてきた暮らしを破壊することに用いたのである。この責任をジョージ・W・ブッシュは問われなければならない。

いまなおかの地で人が安心して夜を迎えることがないのに、どうして虐殺と破壊の責任者であるブッシュが安眠を得られてよいのだろうか。易々と他国に入国し続け、厚顔無恥にも始球式を行うことを私たちは認めない。ブッシュに戦争の責任を問うことは、人としての私たちの使命でもある。

戦犯ブッシュを逮捕しよう! 戦争犯罪に時効はない!

【主催】 「戦犯ブッシュを裁く! 11.3緊急アクション」実行委員会
【連絡先】 反戦と抵抗の祭〈フェスタ〉09・実行委員会
      メール:war_resisters_fes09@yahoo.co.jp
      ブログ:http://d.hatena.ne.jp/hansentoteikounofesta09/
〒160-0023 東京都新宿区西新宿4-16-13 MKビル2階
フリーター全般労働組合電話/FAX:03-3373-0180

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■文化の日とは、〈国民の祝日に関する法律〉によると「自由と平和を愛し、文化をすすめる」ことを趣旨とした祝日だ。その日に、自由と平和に対する最大の敵が東京ドームのマウンドに上がるという。

無差別に人間の頭上から爆弾を落とす人間に、そもそも文化だのスポーツだのを語る資格も、それらを祝福する権利もない。
呼ぶヤツも呼ぶヤツだし、来る方も来る方だ。

マニュ・チャオは、先日リリースした最新ライヴ・アルバム『Baiorena』に収録された「La Primavera」を歌いながら、〈今夜もこの曲を、地球の未来にとって、すべての子供たちにとって、最も危険な最悪のテロリスト、ジョージ・ブッシュに捧げなくてはならないのが哀しい〉と叫んだ。

これまで常々、ブッシュに中指おっ立てたいと思ってきたみなさんも、これを読んでコンピュータの前で悶々としているだけでは体に悪い。当日来られる環境にある人は、みんなで集まり、東京ドームに向かって“体にいい”運動をしにいこう。
そしてそれを我々の文化にしよう!

10.29.2009

追記

■韓国のギター工場労働者の話も深刻だが、日本のハンバーガー屋の名ばかり店長が亡くなった(過労死が初認定された)話もあっという間に世界中で報じられている。

このサイト〈It’s not only the potatoes that are fried at McDonald’s.〉っていう記事の締めのセリフや、〈I guess her family is in Mc Mourning….〉っていうコメントが不謹慎だが・・・。



とにかく、マクドナルドの店長が、家に帰って家族や恋人にスマイルできる生活が送れますように。

・・・これも笑える、けど笑えない。

韓国のギター工場労働者の話

■好きなアーティストの音楽にうっとりと聴き惚れるとき、そのミュージシャンの奏でるギターを作っている工場労働者たちが、よもやこんな風に搾取され、憤怒に打ち震えていようとは、夢にも思わない。

以下は本日送られてきたメイルだが、こういうのを読むと実に心が痛むし、複雑な気持ちになる。オレは肩書きに音楽評論家などとしたりするが、音楽なんぞを評論する前に、人間として伝え論じるべきことがあるんじゃないかと考え込んでしまうのだ。・・・少々ナイーヴ過ぎるか、とも思う。しかし、愛や恋やを歌う曲を奏でるその楽器が、労働者の哀しみや血と涙の上に削り出され、組み上げられて作られてるとしたら、一体どの耳がその音楽を楽しめるのだろう。甘酸っぱい歌メロに絡むギターを聴いて、口の中にしょっぱくて鉄臭いヘモグロビンの味がしてきたらどうだ?

もちろん、そんなことがあったからといって音楽が貶められるようなことがあってはいけない。だとしたら、音楽の歓びを心から享受するためには、それを享受したいと思う“ナイーヴな者たち”は、すべからくそのために“愚直に”闘わなくてはならないのではないか? なくなるべきは音楽ではなく、そのシステム= slave economy / slave master たちの方だ。

楽しい音楽を奏でるギターを作る人たちが、その音楽と同じように楽しい気分で日々を送れますように。
ナイキのスニーカー工場で働く人たちが、少なくとも、給料で楽々そのナイキのスニーカーが買えて、それを履いて楽しくスポーツができますように。
900円台やら600円台やらのジーンズを販売して得意げな日本のメイカーのお偉いさん方が、少なくとも、その工場の労働者が給料で楽々そのジーンズが買えて、それを穿いて自分たちのブランド・イメージ通りのライフ・スタイルを健やかに実践できている、あるいは同レヴェル相当のもっと趣味のいい生活を送れていることを、きちんとその自分たちの目で確認してくれますように。

前置きが長くなりました。以下、最後までがメイルの転載です。【転送歓迎】とありますが、そこからがメイルの中身です。(今日のエントリーに限らず、当ブログのオレの文章はすべて、一部分であれ全文であれ、出所さえ記してもらえれば、無断で好き勝手に使ってもらって一切構いません)。

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【転送歓迎】
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【東京、横浜のアーティスト、音楽家、活動家、物造り人、クリエーターの皆さん!連帯と創造的なアクションを呼びかけます。】

これは世界で流通している三分の一のギターを作っているにも関わらず自分たちの生計を立てられなかった人たちの話です。
皆さんはIbanez(アイバニーズ)、Fender(フェンダー)、Cort(コルト)もしくはParkwood(パークウッド)という(ギターメーカーの)名前を知っていますか?

彼らの工場は換気もされず、窓もなく"high productivity(高-生産力)"と呼ばれています。彼らは籠の中の雌鶏のように休憩もなく働き、結果的に体を壊したり怪我をしてしまいました。ある労働者は切断機で指を切り落としてしまい、別の労働者はマスク一つでヤスリをかけ研磨する作業によって慢性的な筋肉や骨の病気に苦しめられました。彼らの多くは通気のなく溶剤に満たされた塗装部屋で働くことによって気管支炎や喘息にかかってしまいました。彼らは残業手当もなしに働き、早き出勤して遅く帰宅し、過労のため工場で倒れてしまうことさえありました。そんなときは病院のベッドに臥せながら、ボスから辞表にサインをすることを求められました。

それでも、このような韓国の労働者たちは自分たちの手で作った真珠がちりばめられた煌めくギターを前にすればいつだって幸せだったのです。そしてそのギターは世界各国に輸出されていきました。彼らはプライドをもって10~20年の間、昼夜を問わず一生懸命働きました。ついに彼らは労働組合を 2006年に結成し、12年間で最高水準まで賃金をあげるに至ったのです。しかしそれは韓国で支払われる賃金のほとんど最低ラインに過ぎませんでした。

一方でコルト・コルテックの最高経営責任者Park YoungHoは7800万ドルの資産を築きました。今では世界の金持ち125位に彼はランキングされています。彼は1997年に新しい工場を中国に作った後、次第に韓国内での生産ラインを縮小し国外に拠点を移していきました。これは労働者に知らされることなく進められた計画だったのです。更に2007年4月に仁川(インチョン)では56人の労働者が解雇、大田(デジョン)での事業も秘密裏に終了させられ、三ヶ月後には残った67人の労働者も首になりました。会社の秘匿的で不法なリストラ方針への抗議の中、労働者の一人であるLee Dong Hoは2007年12月に焼身抗議をしました。しかしParkは雇用者の命を気にかけることもなく、2008年8月には偽装破産を主張して仁川の工場も閉じてしまったのです。それ以来、行き場もなく、非合法に解雇された労働者たちは閉鎖された工場を守り占拠することで抵抗しているのです。

昨年、彼らはソウルの川縁にある高架電塔で一ヶ月ハンガーストライキを行いました。彼らはコルト本社を占拠しようとしましたが、特殊訓練された警察に全員逮捕されてしまいました。おそらく労働者たちが警察署に引きずられ犬扱いされているその瞬間も、Fender、Ibanez、Cort、 Parkwood のブランド名が冠されたギターは世界中のどこかでラブソングを奏でていたでしょう。

今やそのメロディの音色は違った風に聞こえることでしょう。労働者たちはこの間の無頓着さや深刻な困難さをひどく不安に思っています。彼らは人々の無関心、疎遠さ、忘却に直面することを恐れています。

幸運にも、韓国の多くのアーティストやミュージシャン、アート・文化組織に属している人たちが労働者たちの運動を支援し、コンサートや展示会、ドキュメンタリー制作を行いました。また春にはドイツのアーティストとミュージシャンが世界楽器展覧会「Musikmesse 2009」で同じようなことをしてくれました。

(彼らの支援行動のビデオ)

私たちは皆さんに創造的な行動でCort社の不正義を世間に広めてもらえるようお願いをします。2009年8月にソウルの高裁では彼らが行った多くの解雇は非合法であると裁定されています。しかし会社は何も変わっていません。

幾人かの労働者たちが10月30日に東京に到着し、11月5日から8日に横浜で開催される「2009楽器フェア」に訪れます。私たちはとりわけ東京と横浜で活動するアートや文化グループに所属している人たち、メディアや社会変革のために活動している人たちに理解と支援を呼びかけます。私たちは望みます。皆さんの連帯と創造的な行動を。

■東京と横浜の人たちができる支援:

-連帯のためのライブ、街頭演劇、展示会
-行動やパフォーマンスのためのスペース確保
-横浜-東京間のナビゲートや運転
-韓国語-日本語の通訳・翻訳
-行動をともにする
-書いたり、記録したりする。ジャーナリズムやブログなど
-その他の創造的な方法で!!!!!

■問い合わせ先(日本)

■日本語で読めるコルト・コルテック闘争の記事

10.26.2009

オレは何故、同性愛者ではないのか?

■と自問しても、今のところオレの答えは1つしかない。それは、“気がついたら同性愛者ではなかった”からだ。疑問に対して立てる答えとしてはまるで説得力がないが、説得力などなくて当然だ。だいたいにおいて、“自然にそうだった”ことに対して理由などないのが当たり前だし、よって説得力なんてなくていい。人間として〈同性愛者ではない〉こと自体が何か重要な意味を持つわけではない。その一方で、自分が今後も同性愛者にならないと判断する根拠だって、何も持ち合わせていない。

そしてそれは〈自分は何故、同性愛者なのか?〉という問いを立てる人にとっても全く同じであるはずだ。つまり、オレは今、単に〈同性愛者ではない〉だけであって、過去も未来も〈同性愛者と同じ〉人間であるという、至極当たり前のことを確認するだけの話なのだ。

・・・という考え方でいくと、同性同士の結婚が男女の結婚から差別される理由は見当たらないのだが、実は日本以外でも、同性同士が結婚できない国はまだ結構ある。で、知る限り、それらの国の多くは、その考えの根拠を、同性愛そのものをタブー視する宗教観に置いているようだ。

しかし、**のひとつ覚えのように、聖書が同性愛を禁じていると信じ続けている人たちは、現代の聖書解釈の主流となっている学説に耳を傾けてみるべきだろう。そもそも聖書には神が同性愛を禁じると明言した箇所は一箇所も出てこないし、同性愛を禁忌とする考え方の根拠となってきた〈ソドムとゴモラ〉の罪のくだりにおいても、神の怒りを買うその“罪”が“同性愛”のことだと解釈することに正当性を見つけられるだけの根拠はまるでない、というのが今日までの聖書研究の客観的に有力な結論なのである。

キリスト教の比較的理性的な教派は、その結論に対するリアクションとして、今まで同性愛を否定視してきた自らの考え方に対する何らかの反省をこれまでも公に表明してきた。そしてつい先日も、スウェーデンのルター派教会会議でも同性愛者の結婚を認める議決がなされたばかりで、この議決は時間を空けずにこの11月01日より発効することになった(同国では、同性婚を認める法律は先に施行されている)。

22日付けのスウェーデンの英字新聞『The Local』は、《Church of Sweden says yes to gay marriage》という見出しでそれを報じている。



“Church of Sweden”は、スウェーデン国民の4人に3人が属している宗派であり、対してカトリックや正教会は、記事によると、この決定に落胆している。

いずれにしても、これでスウェーデンは、スペイン、ベルギー、オランダ、ノルウェーに続き、国内の主流の教会が同性愛カップルの結婚式を執り行うと決めた国になった。

知られていることだと思うが、フランスのPACS(民事連帯契約法)など、異性間の婚姻関係に準じた権利を同性カップルにも認めるいわゆる“パートナーシップ法”などの法律によって、同性カップルの権利を保護している国も多い。

さて、カトリック教国でもイスラム教国でもなく、宗教的なハードルはないはずの日本でこの議論が表だってなされないのには何かしら特殊な事情があるのかもしれないが、曲がりなりにも民主主義国家になるんだったら、いつまでもそれでいいはずはなかろう。声を挙げるべき人たちが声を挙げられず、ひっそりと暮らすことを強いられるような国の状況には、同じ国の民として重苦しさと息苦しさを伴う嫌な危機感を感じている。

今朝もコーヒーを飲みながらテレヴィのワイドショウを眺めていたが、押尾のりピー報道の時間からほんの30秒、こういうニュースを報じる時間を割けないもんかなとつくづく思う。あるいは、日本の主力メディアがこういうニュースを国民に伝えたがっていないのだろうか。こっちは全人類の尊厳に関わるニュースなのだが・・・。

とにかく、ニュースそれ自体にも貴賎はあるし、当然それを報じるメディアにも歴然たる貴賎があると思う。

10.24.2009

買いもの #02

■今日のタワーレコード(渋谷店)。


・ジジ・グライス&ジャズ・ラブ・クインテット
・ジャー・シャカ・プリゼンツ・ザ・ポジティヴ・メッセージ
・サヒブ・シハブ/サマー・ドーン
・三上寛/ひらく夢などあるじゃなし~三上寛怨歌集
・パール・ジャム/バックスペイサー

ここ1ヶ月ほどは、HMVのウェブ・ショップで急がないものと買い忘れていた輸入CDを何枚か合わせて安く買い、三軒茶屋のフラップノーツでは中古のアナログ盤を買っただけで(この店は安いんだ。ちゃんと欲しいレコードを10枚くらい買って5000円程度しか払ってない)、欲しい新譜が出たときに行くことに決めているタワーレコードには行っていなかった。

で、今日の一番の目的は、10/21発売の頭脳警察のニュー・アルバム(オリジナル・スタジオ録音作としては18年振り!)『俺たちに明日はない』だったのだが・・・売場になかったので店員さんに訊いたら、11月頭に発売延期になったという。

それで買い物の気分は一気に盛り上がらなくなった。カネを持ってないので、まあ、盛り上がらなくてよかったのだが。
結局買った新譜は、頭脳警察が出たら一緒に買おうと思って“ためて”いたパール・ジャムだけ。あとは今年の再発CD化の目ぼしいものを3枚。新装再々発の三上寛は、「パンティストッキングのような空」をHQ(High Quality)CDで聴いてみたかったのだ。ジジ・グライスのCD化は今年じゃないし、いつかアナログの中古盤で探したいと思っていたものだが、日本盤CD特別価格1100円だったのでつい、買ってしまった。

今調べたら、頭脳警察は11月06日に発延みたいだ。
特にその中の、「死んだら殺すぞ」って曲が早く聴きたいんだ。

10.20.2009

(自転車に乗って)友川カズキ(を聴きに行く)

■暑からず寒からず1年で最も好きな季節、その秋の夜に、自転車に乗ってタラリタラリと友川カズキのコンサートに行くこと以上に好ましい時間の過ごし方はないように思われたので、しばらく前にチケットを予約して、この木曜の晩を待っていた。



会場は、この夏渋谷・桜丘町から目黒区の碑文谷へ引っ越した、歴史ある硬派ライヴ・ハウスのアピア。桜丘でも友川のライヴを何度か見たが、あの、微かに異次元的で、歩いてすぐそこにあるモヤイ像前やハチ公前とはまるで質の違う時間が流れる・・・つーか、むしろ時間のいい加減の弛緩と停滞が気持ちよくて貴重な空間だった、あの渋谷アピアで聴く友川は格別だった。

今年7月、オープン40周年のタイミングで碑文谷に移り、店名もAPIA 40(アピア・フォーティー)としてニュー・オープンしてからまだ1度も行っていなかったので、店の雰囲気がどう変わったのかを見るのも楽しみだった。その7/5の《NEW OPEN オープニングLIVE》も友川カズキだった(見逃した)が、そのくらいアピアは友川にとって縁の深い、彼のホーム・グラウンド的なライヴ・ハウスだ。オレにはあんまり趣味というものがないんだけれども、年に1度くらいアピアで友川を聴く、というのは、我ながら非常に趣味のいいいい趣味だと思っている。

新しいアピアの店内には感心した。今度は“路面店”ではなくて小綺麗なビルの地下にあって、渋谷よりはずっとスッキリした清潔感のある内装なのだが、しかし40年間で培った精神が途切れた感じが全くしない。ホールは広くなっているのに、以前より座り心地のいい椅子の全席どこでもテーブルにグラスが置けるようになっている。もともと(多分)5~60席しかない小屋だったが、ホールが広くなった分、お客さんを詰め込もうとしないでテーブルを入れる、という考え方が気持ちいい。壁を飾る小野塚香さんの木彫りの彫刻も、渋谷時代の歴史と旧店のムードが集約保存されたその上からポジティヴなエネルギーが静かに沸き立っているような作品で、19 : 20の開演まで惚れ惚れと眺めていた(このおかしな開演時刻・・・)。

で、友川カズキは、相変わらずカッコいい。世の中の美しいものを咀嚼しては力ある言葉に再生産し、世の中の汚いものにも噛みついて、毒を混ぜてはその汚いものの上に倍にしてぶちまけるような歌がパンクである。決してクールな人ではない。還暦を迎えようとしているのに、そして40年近く歌っている大ヴェテランなのに、老成した感じがないどころか、もがきまくっている。・・・といっても、職業歌手としてうまく世の中を渡ろうとしてもがいてるんじゃなく、その逆で、その自分の歌を変えないためにずっともがいている。当然歌手として商業的に大成しているとはいえず、ステイジでギターを抱えた本人が自嘲気味に語るように、本当に競輪で生活しているのだろう。

酒を飲みながら演奏する人は多々見てきたが、見ているこっちが心配になるくらい酒をガブガブ飲みながら歌うのは友川だけだ。歌っている場所の右手、予備のギターのホルダーよりも近くに専用の“グラス・ホルダー”があり、そこには氷と輪切りのカボスが入ったデカいグラスがある。足もとにはこれまたデカい水差しに(渋谷ではやかんだったが)、焼酎の水割りだろう、透明の液体がなみなみと入っている。1曲歌う前と歌ったあとに、それをガブガブと飲んで、何度も何度も足元の液体を自分でグラスに注ぎ足す。歌ってるときの真剣さにも増して、キリッと引き締まった表情になるのがその液体を飲んでいる瞬間だ。オレは、友川の酒を飲む瞬間の顔を見るのが好きで、その顔がよく見える場所に座る。

友川を囲むミュージシャンは、ファンにはお馴染み、ピアノに永畑雅人、ドラム/パーカッションは石塚俊明(“今を時めく”頭脳警察のTOSHIだ)といういつものトリオ構成だったはずが、ピアノの永畑が「自転車で転んで手首を骨折した」というおよそプロのピアニストにあるまじき事故で参加せず、この日は友川とTOSHIの2人だけだったが、それが結果的にレアな感じで、それはそれでよかった。永畑の情緒的なピアノがない分、ダイレクトに友川に干渉してしまうところをうまくコントロールした、酔っ払いのくせに細やかな石塚のアド=リブのリズム・ワークが深い。しかし、もし飲み屋に入ってこの人が1人で飲んでいたら、絶対に隣のテーブルには座りたくない。実はそんなTOSHIの怖いルックスがまた、オレは好きだ(昔から、オレは頭脳警察はPANTAじゃなくてTOSHIが好きだった)。

で、オレの座った場所からは、軽く眉間に皺を寄せて液体をあおる友川の引き締まった表情と、その後方には、茶色の眼鏡越しにまなざしがギラリと光るTOSHIの顔がほぼ一直線で見え、それはそれは写真に撮って飾っておきたいような光景だった。日本パンク史教科書の口絵の最初の方にカラーで載せたい絵である。

「春は殺人」~「少年老いやすくガクッとなりやすし」という素晴らしいオープニング(オレの大好きな2曲がいきなり頭から続いた!)から、TOSHIのドラム・ソロも友川の愉快なトークもたっぷりはさみ、アンコールの最後、中原中也の詩に友川が曲をつけた名曲「湖上」まで、2部構成、約3時間の素晴らしい時間だった。



帰りも東横線の学芸大学駅(アピア40の最寄り駅)を越えて田園都市線の方角へ、夜風を切って気分よく帰ってきた。ウィスキーでガツンと腹が減ったので、途中、246沿いの噂のラーメンの新店《蓮爾 さんこま店》に初めて寄ったが、このラーメン(と、みんな便宜上呼んでいるに過ぎない、知ってる人は知っている特別な、かつ凶暴な別の食い物)も、噂にたがわず実にパンクだった(で、かなりうまいが、正直なところ、食事というよりは、逆にカロリーをため込むハードなスポーツに近い)。

世田谷と目黒の閑静な住宅街をぷらぷら自転車こいで友川カズキを見に行き、帰りに《蓮爾 さんこま店》に寄る。一部のマニアは顔を真っ赤にして羨ましがるような都会的でスタイリッシュな秋の夜長の過ごし方であろう。なので、自慢したくてここに書いてみた。


(★11月7日から順次公開される頭脳警察のドキュメンタリー映画
3部作、全5時間14分。)

10.14.2009

マニュ・チャオ通信(#14)


■この写真は、なにも間違えたんじゃなくて、今月10日からタワーレコード各店店頭で配布しているフリー・ペイパー『intoxicate』最新号です。

このブログで Manu Chao & Radio Bemba Sound System『Baionarena』のレヴューをしていなかったのは何故かというと、それは音楽中毒誌『intoxicate』に書いたからです。書いたのは800字の文章ですが、これだけのビッグ・アーティストなので、ぼく以外にもタワーレコードの2人=鈴木智彦さんと篠原裕治さんとの計3人によるクロス・レヴューになってますから、この新作については全2400字書いてあります。

この新作の2枚組CDについていたDVD(ライヴ映像だけで2時間半はあったよね)を観た人の多くは、何でマヌや観客がみんな、白と赤の服装をしてるんだろう? と強烈に疑問に思ったはずですが、そのことについても書きました。

原稿料をいただいている道義上、同じ内容をここに書くわけにはいかないので、興味のある方は是非、タワーレコードでもらってください。その他にも興味深い記事がいっぱいありますし、読み終わったら、この『パンドラの匣』川上未映子の写真を額に入れて壁に飾り、その前で、湯呑みで焼酎なんかを飲みながら、「竹さん・・・」とつぶやいて楽しむこともできます。無料で、です。

『Baionarena』はロング・ボックスもありますが(限定じゃないかな?)、ぼくは収納に困るので普通のサイズで四つ折りジャケの方を買いました。これから買う人は、今ならまだ好きな形を選べるんじゃないかな。

Le Bentō, c'est chic.

■“弁当男子”なる言葉が流行しているが、実は若い世代の節約志向が高まって性別問わず、弁当持参で出勤、って人が増えてるらしい。テレヴィのワイドショウでもその特集を何度か見たし、東急ハンズやら西友やらでも、弁当自作者のためのグッズを売るコーナーがデカくなってる。

特に、日本男児は概して未だに家庭的な作業をすることを肯定的に考えていないと欧米諸国から見なされているフシがあり、昨今の“弁当男子”現象はニューズ・ヴァリューがあるものとして結構外国でも報道されてるみたいだ。
(アメリカ、イギリス、フランスの報道で日本の“bento danshi”の記事を読んだが、その現象の原因としては、だいたいどこも日本の景況悪化を挙げている。が、この国のうそつき年金制度を見限った若者が、早くも20代から老後を見すえて貯金に精を出していることに言及した記事は、オレが見たところない。東京特派員のジャーナリスト連中もたいしたことねえな)。

ところが、それらの国ではそもそもしばらく前から“bento”そのものへの注目が高まってるのだ。特に最近はフランスのメディアでも〈Bentō〉の文字が踊っているのがまま目につく。“愛好者”のブログも数あり、例えば写真がきれいでいつも見ている(確か)ボルドーの女の子の bento blog がこれ。フランスでも相当のアクセス数がある人気ブログらしい(このトップから飛べる、フランス語圏&インターナショナル・ベントー・ブログのリンクも凄い)。



これによると、モード誌『marie claire』の今月号でも Bentō 特集が組まれたという。ル・ベントー、セ・シック、ってことらしい(・・・別に初めての特集ではないようだが)。

もちろんフランスにも “bento danshi” はいる。日本好き男子は、まさか流行に乗り遅れたりしない。この人は、たまにギョッとする弁当をこしらえるが、この日はタブレ&チョリソ(へえー)、キャロット・サラダで、結構フォトジェニックだ。



アメリカにも Bento Specialist がいて、このサン・フランシスコのビギーさんは、その道で結構有名な人のようだ。

で彼女、日本のメディアから、「アメリカにも“bento danshi” はいるの?」と訊かれたもんだから、律義に自分のブログでアンケートを取っている(もし、あなたがアメリカ人の bento maker なら、教えて。あなた、男性? 女性?)
結果は、今日現在で、彼女のブログを見てるアメリカの弁当自作人口における男子率は17%・・・これが多いのか、少ないのか分かんないが、ちゃんといる。

で、このビギーさんのブログのリンクから今度はイギリスの新聞『The Guardian』のサイトに飛んでみたら、その記事の笑える書き出しはこうだ。

《戦後最大の景気後退により、”サラリーマン”の名称で知られる日本のキッチン恐怖症ホワイトカラーたちも、彼らの内なるジェイミー・オリヴァーを引き出さざるを得ない状況になった》。

その記事を書いた東京特派員が、嬉々として“正しい”日本風弁当の作り方をイギリス人に教えてるヴィデオが、また、しみじみと可笑しい(このヴィデオの音楽の被せ方なんか、きみがジェイミー気取りなんじゃねえの? とツッコミを入れたくなる)。

といった風に、最近オレはキー・ワード《bento》で検索して、いろんな国のベントー事情を見るのが趣味だ(昼飯は結構頻繁に――晩飯はほぼ毎日――自分で作っているが、勤め人じゃないから別に弁当箱に入れる必要性がないので、こういうブログには全く実用性を求めていない。ただ、人の作る弁当を見るのが楽しい)。ただし、親切心に溢れた日本人女子が得意の英語を駆使して外国人向けに弁当作り指南サイトを作ってたりするのには、あまり興味がない(オレが日本人なんだから当然か)。

今日発売の週刊『東洋経済』誌でも《弁当男子が増殖中》という記事を組んでいたので、男子をターゲットにした楽しい弁当グッズの新製品なんかがどっさり載ってんのかと思ったら・・・若者の生活スタイルの変化が経済に及ぼす影響やら、それで弁当が売れなくなったコンヴィニの苦悩やら、数字だらけの色気のない記事で(経済誌なんだから当然か)、それも興味なかった。経済はシックじゃねえ。