5.21.2009
魂の文章術
■本でも映画でも音楽でも、邦題をつけるというのは難しいもので・・・最初にこの書名を見たら、オレはそそられなかったと思う(もう、一応、始めてるんだし)。が、たまたまアメリカでこの本が有名なことを知っていたので日本語版を迷わずに買い、そして、その日から一気に座右の書となった。うまい文章を書くテクニック伝授します風の本に思ってしまいそうだが(そう思わせないと日本では売りにくいからだ)、全然。むしろ、遥かに、“書くこととは何ぞや”という精神論です。そもそも原題が『Writing Down the Bones : Freeing the Writer Within』というグッとくるもので、原書(米版)の目次には・・・
Fighting Tofu(豆腐と闘う、だぜ!) / Tap the Water Table / We Are Not the Poem / Man Eats Car / Writing Is Not a McDonald's Hamburger / Don't Marry the Fly / Don't Use Writing to Get Love / Nervously Sipping Wine / One Plus One Equals a Mercedes-Benz / Be an Animal / Blue Lipstick and a Cigarette Hanging Out Your Mouth / The Samurai / I Don't Want to Die...
などなどの文言が並び、これで読むなという方が無理だ。で、こういう目次の文句からも匂ってくるけど、この著者ナタリー・ゴールドバーグは長らくアメリカで禅を実践していて、彼女の尊敬する禅師(在米日本人、日系米人だっけかな?)の言葉が本の随所に出てくる。それがこの本の含蓄の重要な土台を為していて・・・つまり彼女は禅師の言葉の中に(生きることのみならず)書くという行為の神髄を、書くことに向き合う際に取るべき態度を発見してきたのであり、そうした教えを心に留めながら、そして、メディテイションで自分の心の制御に努めながら、文章修業をしてきた。そこで得たことを迷える文章書きに伝授する本というわけだ。
そんな調子だから、ゴールドバーグさんのこの指南本には、“助詞に副詞に重文複文”的な具体的な文章作成術なんてまるで出てこない。考え方、向き合い方、そして自己コントロールとしての文章術。こんな本はそうないだろうし、しかし買い手が邦題からこの内容を想像できるかというと疑問で、つまり、明らかに書店で実際に手に取らないと分からない種の本なのだが、最近はこの本を並べている本屋さんもほとんどないので、読んだオレだけ文章がうまくなるんなら好都合だが、・・・つーか、一見平易に書かれているこの本は、その実、内容をその深部から、それも身体で理解するにはおそらく一生の修業を要するんだろうと思う。
でも、自分に必要なポイントを幾つか拾って実践するだけで、文章の腹筋は確実に鍛えられるはずだ。それよりなにより、目次の期待通り、純粋に読んでいて面白いテクストだから手放せない。禅思想に学んでいるとはいえ、この著者には盲目的熱病風のイタい東洋崇拝はないから安心だし、訳文も脂気の抜けた修行僧然としていてサラサラと流れ、しかし内なる小骨は硬く、噛み応えがある。
それにこの日本語版は、装丁も綺麗なんだけど、手で触っていくうちに、表紙の文字の赤い部分が徐々ににじんでいくから古本屋に売りにくいという、実に考えられた作りだ。ひとりでに表紙が、深く何度も読み込んでるぞ、という感じになっていく。
書くことはマクドナルドのハンバーガーじゃない。オレもそれは分かるし、そんな文章書きになるのは嫌だ。で、音楽を作ることも全く同じだと思うのだが・・・実のところ、一定時間が過ぎるとゴミ箱に捨てられていく音楽も大量にある、相変わらず。