9.20.2011

恋に似た、金色の落ち葉が危険物だとは

■暮れゆく 秋の日よ  金色の 枯葉散る
つかの間 燃え立つ  恋に似た 落ち葉よ
・・・は、オータム・ソング・クラシック:「枯葉」日本語版の歌詞の一節だが、ああもう、つかの間も燃え立ってはいけないのだ。

知らなかったのはオレだけだったのかな・・・首都東京に隣接する千葉県松戸市では、落ち葉を燃やせないほど状況が深刻らしい、ってことを。


平たく言えば、松戸市は市民に対し、「お宅の敷地内の木の枝も、落ち葉も、草も、〈燃えるゴミ〉で出さないで! 線量が高くて市の焼却施設で燃やせないから!」と、枯葉の季節を前にお触れを出していたのである。本来自然由来の可燃ゴミになるはずのものが、特別なそれ専用の車で収集しなくてはならない〈危険物〉になってしまっている・・・それほど同市には望まれない物質が大量に降ってきた、ということだ。さらにこのお触れを読んで気持ち悪いのは、「危険だからこっちで別に集めます」と言いながら、集めたそれをどうするのかには全く触れていない点だ。

国民が直接選べない“我らがニュー・リーダー”を輩出した県民は、今、“指導者”に急いで陳情の嵐を浴びせないと、いつヒラ議員に戻っちゃうかわかんないよね、などとおせっかいをやいている場合ではない。

昨日のデモで渋谷原宿界隈を長時間歩いたが、もうたくさんの落ち葉が風に舞い、黄金の銀杏が灰色のアスファルトを彩っていた。ちょうど一緒に歩いていたIさんと、「今年の銀杏、食えるんでしょうかね」なんていう話をしていたところだった。

首都圏で松戸市だけが集中的にまずい状況になっているとは考えがたい。近辺の自治体でも、同様のお触れを出してるところがあるのだろうか? 少なくとも東京都では出てないと思うんだけど、だとしても、松戸市役所から都心(東京タワー)まで直線でたったの20kmだ。

この季節、地上に顔を出した松茸が出荷できないとか、木から落ちた枯葉を燃やせないとか、・・・つまり、今年の秋は去年の秋とは全然違う秋なのだ。そもそも、人間だって移ろう自然の一部に過ぎない。なのに、この状況下で、何故ゆえ人間だけが大丈夫でいられるだろうか。