6.30.2009

CDG

■ある友人から連絡がきて、前回ジャケットを載せたCDを今度貸して欲しいと頼まれた。そういえば前にもこのCDを人に貸してよろこばれたんだった。結構こういう趣味の人いるんだな。amazon.co.jpを調べたら(当然廃盤なのは知ってたけど)なるほど、コレクターズ・アイテムなんだね。


でも、オレがメイル到着通知音にしているCDG(シャルル・ドゥ・ゴール空港)のS.E.なら、こんなサイトを見つけたよ。


http://www.myxer.com/ringtone:249732/


携帯電話の着信音として購入できるらしい。オレは携帯電話というものを所有したことがないので、この音声データが日本の携帯電話で使えるのかどうかは皆目分からないが、もし使えるんなら、この不快な梅雨空の下、着信音だけでも旅行気分になれたらそれはそれでいいんじゃないでしょうか(上記サイトでサウンドの試聴ができる。探せば他の空港のもあるんじゃなかろうか)。


でもこのS.E.はCD『世界の大空港』に入ってるCDGのS.E.よりも微妙に新しくなった、メタリックできらびやかな音になってる。このところCDGに行くたびに、昔とは音がちょっとだけ違うな、と感じていたのだ。


CDGのことを考えていたら、ジャン・ロシュフォールの出ていた『パリ空港の人々(Tombés du ciel)』という1993年の映画のことを思い出した。


すじがうろ覚えなのでWikipedia を引用すると:

学者のアルチェロは、モントリオールの空港で寝ている間にパスポート等を盗まれてしまう。とりあえずシャルル・ド・ゴール空港までたどり着いたものの、当然パスポートなしではフランスに入国することは出来ないし、フランスとカナダの二重国籍を持ち、イタリアにスペイン人の妻と共に住むアルチェロの状況は複雑で、確認が取れるまでトランジット・ゾーンから出られなくなってしまう。


・・・というストーリーだが、この話はある実話が下敷きになっている。実際にCDGで19年も暮らしたマーハン・カリミ・ナセリというイラン国籍の難民がいるのだ。これは有名な話で、日本版のウィキペディアに彼のページもある。日本ではちょっと想像しにくいタイプのなんとも数奇な災難に遭った(その後、それに順応して、おそらくそれを多少は楽しんだだろう)人である。ちょっと面白い話(というのは不謹慎か)なので、2~3分の時間がある人は上のリンクから一読をおすすめする。


この前のエントリーで、《極めて非日常的な空間体験としての旅行の醍醐味を味わえる場所というのは、ほとんど空港だけだなどと書いたが、マーハン・カリミ・ナセリにとっては、シャルル・ドゥ・ゴール空港が日常生活の場所になってしまったわけだ。あのS.E.も、彼にとっては、今オレんちの窓の外から聞こえてくるカラスの鳴き声程度の雑音だったんだろう。カラスの鳴き声を携帯電話の着信音にしている人はいないだろうな、さすがに(もし街中でそんな着信音が聞こえたら、と思うと愉快だ)。


仕事は進まず、黒い翼の想像は羽ばたく。・・・空港で暮らすといえば、フランスの人気作家ジョルジュ・ペレックはその著書『さまざまな空間』の中で、国際空港で暮らしてみるとどうなるか? という空想をひとしきり展開している。そして、その空間での暮らしが導き得るものを《せいぜい、ルポルタージュのネタになるか、陳腐な喜劇の脚本が生まれるといったところが関の山だ》として話を締めている。


ペレックは1974年にそのテクストを書き、そんな試みは《たちまちうんざりしてくるはず》だし、《適応を促すこともありえないだろう》としたが、彼はナセリがCDGにブロックされる1986年を待たずして、82年に亡くなった。ペレックが、ナセリの運命についてどうコメントするか聞いてみたかった、と思っている人は、フランスに大勢いるだろう。