7.11.2009

NO G (oddamn)8



■災いサミット閉幕。


毎度のごとく、何かを《確認》するか、《取り組みを約束》するか(→どっちみち私の任期内に結果の出る話じゃないからねぇ・・・)、《懸念を表明》することしかしない立派な会合だが、そういう“世界のリーダー”然とした、あるいは、他人事の“被害者”然としたポーズは、今の弱肉強食型で思いっきりグロな世の中を作ってきたバビロン・システムの悪行を覆い隠すための単なる目くらましである。


そんなときに日本の政治屋もメディアも、“解散”だ“退陣”だとピーチクパーチク、G8の本質問題に比べたら、まるでカスみたいな問題がこの国の最大の関心事なんだから、その近視眼体質、大局観の欠如ぶりは、まことに病的。まあ、その麻生もラクイラでカスみたいな扱いを受けたようだが、悪人にもランクがあるんで、まあ分相応ってことで。・・・それに他のG(ang)の親方衆も、「どうせコイツも来年は別のヤツに代わってんだろ・・・ところでコイツの前の前、誰だっけ?」てなもんで、誰も本気で相手になんかしないわな。


今年は諸事情あってローマの抗議デモに行けず、残念だった。が、サミット体制という名の“地球上で最悪の偽善”の所業は、会合がどこの国で持たれようと、開催期間外だろうと、常に監視が必要だ、被害の当事者として。



去年の洞爺湖サミットにあわせて刊行されたこの本には、サミットと新自由主義の実体について、知っておくべき概要が分かりやすく書かれている。



関連して、個人的に座右の書としている本の一部には、例えば他にこんな本もあるんだけど、それらの紹介はまた別の機会に。