9.14.2009

ジャズ・ミュージシャンの3つの願い

『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』を宣伝するために始めたこのブログですが、随分たくさんの方々に、この本に興味を持っていただけている実感があります。ありがとうございます。方々でいろいろな人から、「で、ヴィアンの本、いつ出るの?」と訊かれるのですが、まだ正式な発売日をお伝えできる段階に到っていません。何故そんなに仕事が遅いのか? と訊かれたときには、遅くて悪いのか? と何度か逆ギレしています。

・・・本当のことを言うと、シンコー・ミュージックから出る『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』と平行して、Pヴァイン・ブックスから出る、もう1冊別の本の作業をしていました。当初は、『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』を先に終えてから次の本の作業にかかる予定でしたが、両方のいろいろな事情から、最近は後者の作業に主に時間を割いてきた結果、そちらの本にも目鼻がついてきて、公に発表すべきタイミングになったので、ここでお知らせします。


           

そちらもジャズの本の翻訳ですが、これまたちょっと特別な本です。

ビー・バップ~ハード・バップ期のジャズのファンにはかなり知られた女性に、パノニカ・ドゥ・コーニグズウォーター男爵夫人(Pannonica "Nica" de Koenigswarter/カタカナでは“ケーニグスウォーター”と書かれてきたけれど、“コーニグズウォーター”が近いと思います)という人がいます。この、“ニカ”の愛称で親しまれた女性は、かの財閥ロスチャイルド家のイギリスの家系にキャスリーン・アニー・パノニカ・ロスチャイルドとして生まれ、フランスの男爵に嫁ぎましたが、若い頃からとにかくジャズが大好きな女性でした。
50年代にはニュー・ヨークに居を構え(フランス人男爵とは離婚)、当時の代表的なジャズ・ミュージシャンたちの友人として、そしてパトロンとして、ジャズ・シーンをバックアップしました。wikipedia に、そういった彼女の経歴が簡潔にまとめられています。

健康を損なうも、入院することを頑なに拒否したチャーリー・パーカーは、結局心休まる場所としてニカのホテルのスイートで息を引き取ったし、セロニアス・モンクは、人生の最後の9年間をニカのニュー・ジャージーの自宅で送りましたが、この有名な2つのエピソードだけで、ニカとジャズとの距離感、アーティストにとって彼女がどういう存在だったのかを容易に想像できると思います。また、モンクのかの大名曲「Pannonica」を筆頭に、ソニー・クラーク「Nica」と「My Dream of Nica」、ケニー・ドーハム「Tonica」、ケニー・ドリュー「Blues for Nica」、ホレス・シルヴァー「Nica's Dream」、ジジ・グライス「Nica's Tempo」などなど、多くのミュージシャンが彼女に自作の曲を捧げていることからも、偉大なミュージシャンたちと彼女との関係性が裏づけられています。

そのニカの家(最初はニュー・ヨークのホテルのスイート、のちにNJの一軒家)は、次々に多くのミュージシャンがやって来てくつろいだり、セッションしたりする一大社交場だったのですが、1961年から彼女は、自分の家に集まってくるミュージシャンたちに同じ質問をして、その答えを記録し始めます。その質問は、「もしもあなたの望みが3つ、即座に叶えられるとしたら、あなたは何を望む?」というものでした。
同時に、パノニカはリラックスした表情のアーティストたちの写真(完全なるプライヴェート写真)を多数、愛用のポラロイド・カメラで撮影しました。

彼女はそれを1冊の本にまとめる計画を持っていました。アーティストからの回答は300人分に及び、見応えのある写真(総て未発表)も多数集まったところで出版社に掛け合うのですが、その計画は頓挫し、ニカはそのまま88年に他界します。

没後18年ののち、フランス人の孫娘ナディーヌがようやく祖母の偉業を編集するに到り、それが2006年にフランスのビュシェ・シャステル出版より『Les musiciens de jazz et leurs trois vœux(ジャズ・ミュージシャンと彼らの3つの願い)』として出版されました。この本はすぐに評判を呼び、ドイツとアメリカでドイツ語版と英語版が既に出ています。





上の写真は、出て間もなく個人的に買って読んだフランスのオリジナル版と、昨年出たアメリカ(英語)版『Three Wishes : an Intimate Look at Jazz Greats』。
興味深いナディーヌによる序文は、そもそもフランス語で書かれたものでアメリカ版の方はその英訳なのですが、これがオリジナル・テクストとは随分異なったいまひとつの内容。しかしアメリカ版には著名なジャズ評論家ゲーリー・ギディンズの面白い寄稿文が追加されている。それに、ミュージシャン300人の回答はそのほとんどが、そもそも英語で為されたものなので、仏語版よりも英語版の方が当然“本物”・・・。
という状況をかんがみて、オリジナルの仏語版と、あとから出た英語版のいいところを両方取り合わせて、この名著『“3つの願い”』の日本語版を作ろうと思い立ち、その翻訳作業をやっていた、というわけです。

アーティストの名回答、珍回答が続出する、そして貴重な写真満載のかなり面白い本ですので、こちらもご期待いただけるとうれしいです。Pヴァイン・ブックスより、初冬発売。なお、上の2ヴァージョンの表紙はどちらもニカによるセロニアス・モンクをフィーチャーした写真を使っていますが、日本版もまたモンクの別の写真を使ったオリジナルの表紙になる予定。どんな表紙になるかもお楽しみに。


で、『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』は、その前に出せる、と、思います。